季節が流れる、城寨が見える ♯ 76 太陽と肉体 太陽、この愛と生命の家郷は、 嬉々たる大地に熱愛を注ぐ。 我等谷間に寝そべつてゐる時に、 大地は血を湧き肉を躍らす、 その大いな胸が人に激昂させられるのは 神が愛によつて、女が肉によつて激昂させられる如くで、 又大量の樹液や光、 凡ゆる胚種を包蔵してゐる。 一切成長、一切増進! おゝ美神(ゼニエス)、おゝ女神! 若々しい古代の時を、放逸な半人半山羊神(サチール)たちを。 獣的な田野の神々(フオーヌ)を私は追惜します、 愛の小枝の樹皮をば齧(かじ)り、 金髪ニンフを埃及蓮(ハス)の中にて、接唇しました彼等です。 地球の生気や河川の流れ、 樹々の血潮が仄紅(ほのくれなゐ)に、 牧羊神の血潮と交り循つた、かの頃を私は追惜します。 当時大地は牧羊神の、山羊足の下に胸ときめかし、 牧羊神が葦笛とれば、 空のもと愛の頌歌(しようか)はほがらかに鳴渡つたものでした、 野に立つて彼は、その笛に答へる天地の声々をきいてゐました。 黙せる樹々も歌ふ小鳥に接唇し、 大地は人に接唇し、海といふ海 生物といふ生物が神のごと、情けに篤いことでした。 壮観な市々(まちまち)の中を、青銅の車に乗つて 見上げるやうに美しかつたかのシベールが、 走り廻つてゐたといふ時代を私は追惜します。 乳房ゆたかなその胸は顥気(かうき)の中に 不死の命の霊液をそゝいでゐました。 『人の子』は吸つたものです、よろこんでその乳房をば、子供のやうに、膝にあがつて。 だが『人の子』は強かつたので、貞潔で、温和でありました。 なさけないことに、今では彼は云ふのです、俺は何でも知つてると、 そして、眼をつぶり、耳を塞いで歩くのです。 それでゐて『人の子』が今では王であり、 『人の子』が今では神なのです! 『愛』こそ神であるものを! おゝ! 神々と男達との大いなる母、シベールよ! そなたの乳房をもしも男が、今でも吸ふのであつたなら!昔青波の限りなき光のさ中に顕れ給ひ浪かをる御神体、泡降りかゝる紅の臍をば示現し給ひ、森に鶯、男の心に、愛を歌はせ給ひたる大いなる黒き瞳も誇りかのかの女神アスタルテ、今も此の世におはしなば!