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ねこ(星の恋人)

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善人と偽善者の違いってなに?善人と偽善者の違いってなに?

回答数 118>>

善とは理性に基づいて成される行為であって、高度な学術的知性に従ったもの。

偽善とは感情的な動機によって行われる全ての行為。


つまりこの区別を掘り下げれば、いかなる善も純粋な善として成立することは難しい。

人間が行為を選択するとき、そこには常に何らかの主観的な動機、感情的な揺らぎ、あるいは社会的な影響が含まれる。

たとえ理性的に完全であると判断される行為であっても、それを選択する背後には自己満足や自己保存といった本能的な動機が潜むことがほとんど。


よって完全に純粋な善なる行為というものは現実には存在しづらく、人が取りうるあらゆる行為は広義の偽善と見なすことができる。


つまり人間は理性と感情の間で揺れ動く存在であることから、完全なる善を目指すことすらある種の偽善的な自己欺瞞として位置づけられる。

善と偽善は対立する概念であると同時にその境界は曖昧であって、むしろ人間の行為全体を包括するスペクトルのようなものとして理解されるべき。




まあ人が真に道徳的行為を行う時は、本人は善や正義や誰かの為なんて口にしないし、自分がはじめから偽善者であることには気づいている。

社会通念上使用される偽善なんて、偽善ですらなくて寧ろ悪に近い。



学問は人の心を作るからね。

仏教にも知行合一(≒知識の量と行動の質は比例する)って言葉がある。

特に、現実的に人間社会の中で人が知性なしに善行を行うことはほぼ不可能だろうね。
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ネロ

ネロ

人間は無意識が思考の中枢であり意識はその結果を受け取って「さも自分(意識・理性)が思考したかのように錯覚している」に過ぎない。意識の本質は受動性であり、そこには倒錯がある。したがって、自由意志は意識の下した自発的・自律的な判断を意味するのだから、自由意志は存在しない。また、この倒錯は同一性を生み出し、本来空白であったはずの場所を実体化・中心化するための、いわば理性の防衛機制(柄谷行人の言葉でいえば、統制的理念)である。

人間は同一性のためならどんな自己欺瞞(倒錯)も受け入れざるを得ない存在。それを、哀しい存在と考える感性がドゥルーズなのではないか、とふと思う。

#ひとりごとのようなもの #意識 #GR3X #写真と本文は関係ありません
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にこ

にこ

自己欺瞞って言葉覚えとこφ(._.)メモメモ
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週休7日🦋

週休7日🦋

疑惑、信頼、降伏、自己欺瞞

#友達募集 #友達募集中 #話し相手募集
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せ

人間は行動を約束することはできても
感情は約束できない
自己欺瞞なしで、永遠の愛を誓う人間は
愛情の見せかけを永遠に約束するもの

ふかいいいいいいいと思う人いいねはよ
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みんみん

みんみん

モラハラの「お前のため」は、ただの卑怯な自己正当化の道具だ

相手より優位に立って上下関係をつくるため
恋人を、苛立ちや加罰感情の捌け口にするという幼稚な行動を、正当化するため
味方を装うことで相手に反論許さず、言いなりにさせるため

そのためにモラハラは「お前のため」という言葉を使う

厄介なのは、モラハラ自身も本気で「相手のため」と信じているところだ
自己愛性人格障害系のモラハラは、プライドが高すぎる故に自己欺瞞にも気づきはしないのだ

本当に相手のためを思う人は、恋人の精神がボロボロになるまで追い詰めたりなどするわけがないのに
追い詰められて過呼吸で苦しんでいる恋人を、冷めた目で見てため息をついたりするわけがないのに
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カプラ

カプラ

そういえばステープルドンの「最初にして最後の人類」を読み終えたので
SF小説として手に取ったが、良い意味で期待外れだった

サイエンスフィクション的要素はあるものの、人間の可能性追求の哲学的追求の著作であり、ソシオロジカルフィクションの略語としたほうがしっくりくる作品
テーマは現代までにおいても重要となる主知主義と神秘主義の統合といったものであり、これが後半に至っては宇宙的視点から述べられている
とはいえ当然ながら、本書では"目的としての神秘主義、手段としての知性"と述べられているこれが、現代に一般的な低度で恣意的な折衷案で無い限りは、自然的対象に対する認識形式を人間に当てはめてもその対象が誰であるかという事には何ら答えることは出来ないという意味で、実質不可能である為それらは仄めかされているに過ぎないし、そうならざるを得ない
しかしその内容は論理的で読みやすい類の本である
あとがきによると著者は進化論と優生思想に影響を受けたとあったが、それは決してある合理性をもって対象を眺めればそれは合理性をもって表れるといったような自己欺瞞・陶酔に留まることは無く、批判的思考によって展開されている為、その影響も独立独歩の知性の人として好意的に捉えることが出来る
本書における最終段階の人間ですら、その徳性の維持に器官的性質を頼りにしなければならなかった事は、しかし語り部もまたその影響下にありながらそれを維持しようと努めたのであり、よって人間の野蛮さへの諦念と捉え得るにしても決してその肯定では無かったし、人間存在の意思の価値低減でも無いように思える
そしてその事は同時に、この理想を(軽視できるものでは無いが)どこまでまともに捉えるべきなのかという反省にも繋がる
また本書の神秘主義的側面を抜きにしても、その批判的態度は所謂合理主義的なそれと違い、その厳しさや憤りの裏に良識とある種の人道主義が横たわっているものである

因みに訳者あとがきに少しばかりの同意しかねる日和見主義(とはいえ、それが現状にそのまま適用された場合にのみであるが)を見たのはまた別の話
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カク

カク

個人の内的消耗を減らすための理念と実践方法:
自分に誠実であり、自己欺瞞をしない。法則を信じる。

正直さについて言えば、現代社会の多くの場面では真実が必ずしも歓迎されない傾向があります。体裁を繕うための礼儀正しい言葉遣いが、むしろ伝統的な慣習として定着しています。ならば「相手に合わせて話し方を変える」のもやむを得ないでしょう。しかし自分自身と向き合う際の誠実さこそが最も貴重なもので、言い訳を作らず、光る部分も影の部分も等しく認める覚悟が必要です。

法則を信じるという点で例えるなら、現在言語や新しいスキルの習得に不慣れで苦労している状態でも、方向性がおおよそ正しければ、一定の時間を経れば必ず熟達し余裕が出てくるという真理です。現在の出発点にいる自分がこの法則を信じていれば、プロセス中の浮き沈みに過度に悩まされることはなくなります。

ただし逆説的に、現在の出発点にいる自分がプロセスの浮き沈みに耐えきれず前進を諦めてしまえば、当然のことながらその先の風景を見ることはできません。
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ひのき

ひのき

三島の作品は刺さって抜けないものが多いけど自分の先が無いことを盾に自己欺瞞や邪な思惑を片っ端からネタバラシしていった天人五衰がいちばん読んでいて苦しくなる。
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九九

九九

なんとなく答えが見えてきた
自分自身に関する答えが

日雇い労働でも
“何かやった感”というか“乗り越えた感”
そんな少しの達成感と
義務感を満たしましたってのだけで
なんか安心するんよ
他人と協力して何かするってのが肝で
それありきの“やることやりました感”

移動中に女見ての苦しみも含めて
ストレスでぐつぐつなるからこその
そこから解放された帰宅後の時間がなんか
価値あるものにやたら思えるんよ

自己欺瞞に似た“ごまかし”だよなこれ
それに加えて
この年齢まで恋人いない歴=年齢を
やってきたことでの特大の精神的苦痛と
“闘ってきた感”があったから
今までの生活ひいては人生が
とても有意義に錯覚できたんだと思う
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沢山呟きたい女

沢山呟きたい女

バイアスも自己欺瞞も自分を納得させるものなんやから、それで生命脅かされてる状態はバグやろ
修正しといで
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沢山呟きたい女

沢山呟きたい女

自己欺瞞に陥る人の気持ちがあんまり分からへん
なんで自らしんどい思いする方選ぶん?それで泣き言言うてるん訳わからんで
自分で決めた道やん 嫌ならやめーやそれ
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