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なまえは、まだない。

なまえは、まだない。

   「冬桜の咲く頃に」

第2話
 前回あらすじ
 小説家見習いの花のもとに、宛名間違いのファンレターが届く、そこにはダムの写真と大晦日の年が変わるまでに連絡をくれなければ消えると書かれていた。

 花は慌てて、もう一度電話口で叫んだ
「今、どこにいるの?わたしは桜さんではないけれど、あなたは死ぬことはないのよ!」
 声を張り上げて花はこれでもかと大声で叫んだ。
「もういいです、僕はもう結婚もうまく行かなくて、あなたのことを好きになったのにあなたからは好きになってもらえなかった」
相手が電話で話してるそのときだった、放流の音がした。花は慌てて叫んだ

「とりあえず、落ち着きましょうか。わたしは手紙の相手の桜さんではなく花です。名前が違う宛名間違いで家に手紙が届きました。」
その時だった、
「いやもう、どちらでもいいんです。僕はもうこの先何も見えないから、もういいんです。誰も友達がいないんです。知り合いもいない。」
 
花は咄嗟に語りかけた。
「とにかくその場から離れて、深呼吸しましょう。そして、私たち友達になりましょう。ね、
そしたらあなたの友達ができましたから。」
「こんなこと言うのもなんですが、あなたは
あなたの名前はなんですか?」

すると手紙の相手は泣きながら答えた。
「友基です。友達になってくれるんですか?
よろしくお願いします。」
「とりあえず、お家に迎えますか?」

花は電話で会話しながらダムの場所を、特定していた。千葉県にある渓谷沿いのダムだった。すぐに帰途に着くのように電話で伝えてた。
 花はそれでも心配だったから受話器を、切らずに電話を繋げておくように伝えた。
 友基はゆっくりとその場を離れた。途中途切れたりしたが、花はずっと電話をかけ続けた。その間夫の誠は、いつものように徹夜で作業する花を気遣い静かに床についていた。
 「家につきましたよ。ありがとう。君がいてくれて本当に助けられた。ありがとう。もしもし?
もしもし?」
 花はその声がして、安心してうとうとしていた。
 午前0時の除夜の鐘が鳴り響いていた。歳を迎えられたのだ。あの手紙の相手はなんとか、生きててくれて年を超えてくれた。それだけて花は救われた気持ちになり、急に睡魔に襲われてそのまま机の上で寝てしまっていた。
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なまえは、まだない。

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    「冬桜の咲く頃に」
第5話
 前回あらすじ
 小説家見習いの花の元に、宛名違いで届いた手紙へ花は返事を書くようになった。相変わらず、宛名は、桜様宛だった。
 
 桜様
 もうすぐ、寒桜が満開になりますね。そろそろ、また2人でお酒を飲みながら星空でも眺めたいですね。
 ご招待されたのなら、僕も一緒に桜を見に行きます。
               友基
 花は相変わらず、元来おおらかな性格だから宛名が間違っていたが気に留める様子もなくなった。それよりも寒桜が枯れないように友基に文通を通して手入れの仕方を聞くのに精一杯だった。
 「花ちゃん、2階にきてみて!」夫の誠の声がする。体調がまだすぐれない花は、階段を登るのが少々キツく感じていた。2階での洗濯物干しは誠の当番になっていた。久しぶりに2階に来た花は、
窓の外に広がる景色に、見惚れて思わず声にならない声が出た。このところ、喉の違和感を感じていた花は、掠れ声で
 「まるでこの世の景色じゃないね、誠くん」
夕陽に照らされて、薄い白いレースの連なりのような八重桜はまるで着物に描かれた錦糸纏う絵柄のように見えた。築30年の木の窓枠はフレームと化して時折寒風にあおられ、2人の笑い声に微笑み返すようにカシコシと鳴り響いていた。 
 誠は、花が体調が悪そうにしていたため、たまにはゆっくりしてほしいと思っていた。満開に咲く桜木に見惚れる妻の瞳が夕陽に照らされてキラキラと輝いていた。誠はうっとりとして覗き込んでいた。もちろん家事は自分が分担していたものの、花の喜ぶ顔が見たくて積極的に家事をしていたのだ。
 その時だった、黄昏時に夕陽の逆光で見えない道の向こう側で花と誠をずっと見ている人物がい
た。すかさず誠は気づいた。花はお花見をしようと一階の台所に熱燗を取りに戻っていた。お酒が好きな花は、ちょっと味見といいながら熱燗を作りながら少し酔っていた。ほろ酔いになりながら
2階に戻った、誠が叫んだ。
 「花ちゃん、ベランダに来てはダメ、変なひとがこっちを見てるから。」
 花は、思わず身を乗り出した、
 「誰?夕陽で眩しくて見えないよ。ご近所さんかもしれないよ?それよりもお花見しましよ。ね?」少し酔った花はベランダから身を乗り出して、道を挟んだ反対側にいる黒いコートの人物に軽く会釈した。逆光でよく見えなかったが、白髪の男性だった。
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なまえは、まだない。

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    「冬桜の咲く頃に」
第4話
 前回あらすじ
 小説家見習いの花の元には、友基から春にお会いしましょうという一文で締めくくられたラブレターが毎回届くようになった。宛名は相変わらず桜様宛になっていた。
 
 花は不思議に思っていた。そして花自身が小説を書く傍ら人物像を想像することが癖になっていたせいか、友基がどんな人物かを考えていた。
 茶封筒といい縦書きの一筆箋といい、あまり若いひとが好むような柄ではなく、目についたのはどことなく古風なその桜柄だった。万年筆でびっしりと几帳面に書かれた文字をみて20代の花は、明らかに送り主の友基が同じ世代ではないと想像に難くなかった。なぜか書かれている内容は桜の手入れのことだった。
 だんだんと毎回手紙を送ってくる友基に対して、花は自分の想像した通りの相手かどうか知りたくなった。その都度、返事を書くことにした。
 台所から夫の誠の声がするものの、日頃は別の仕事を掛け持ちしていた花は体調がすぐれず、声がなぜだか枯れてしまい夫の呼びかけに返事をするのが億劫になっていた。風邪がまだ治っていなかったのだ。
 1月の肌をさすような寒さが一階の窓の木枠がキシキシと音を立てた。花は振り返った。夏に越して来たときには気づかなかったが木造の築30年のこの家は冬になると乾燥するとたまに軋む音がするのだ。樹齢30年の4mの桜は、一階の窓側の花のいる書卓までひとひらだけが、花の肩にふわりと宙をただようようにのった。
 
 友基様
あなたは、この桜に見覚えのある方なのでしょうか?それともご近所の方なのですか?
 この木が冬に咲く桜だったなんて知らないで私は過ごしておりました。あなたのいうとおりに、週に2回の水やりをかかさず、殺虫剤は使わないといけないでしょうか?
 この桜に詳しい方みたいなので、どうか尋ねてきてみでください。そろそろ満開になりつつあります。              宵待 花
 
 朝の朝刊の当番は花であるし夫の誠は植物に全く疎い。そのせいか文通は夫に知られることもなく、特段秘密にする理由もない。桜の花はデリケートで特に冬桜は枯らさないようにと花は一生懸命に友基のいうとおりに手をかけていた。冬にこじらせた風邪のせいか声が掠れて出なくなっていた。
 病み上がりだからか花の背中に入り込む古い借家の隙間風は、その年はよけいに体にこたえていた。
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なまえは、まだない。

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    「冬桜の咲く頃に」
第一話
 
 小説家見習いの花のもとに、宛名違いのラブレターが届いたのは、11月の中旬だった。夕陽の時間が早まり、近所の家々からはあったかい湯気が昇っていた。
 花の夫の誠は、花を支えるべくせっせと家事を済ませ夕飯の支度ができあがっていた。
 「花ちゃん、そろそろ晩御飯だよ。」とリビングから誠の声がしたがいつも通り生返事をし、原稿に埋まる机の上に花は見知らぬ封筒があったのを忘れていた。確かに花宛の住所だが、宛名はなぜか桜様と記載されていた。似たような名前だからと念のため開けてしまったために中身を確認した。
 なんともらったことのないラブレターだったのだ。
 「え、まって。わたしはまだ見習いなのにファンレターが届くはずはない」と心の中で叫んでいた。3枚にわたるラブレターには、目を見張るほどの達筆な文字で熱い想いがかかれていた。最後の1行に目を向けた瞬間、花は背筋が強張った。
 「あなたの文章が、好きです。あなたのことを愛しています。でも、叶わぬ恋だとわかっているのでわたしはもうこの世から去ります。もし、あなたが、すこしでもわたしのことを思ってくれてるのなら連絡先を載せておくので今年が終わる大晦日の日付までにご連絡ください」
 と書かれていた。投函されたときは気づかず、その時すでに大晦日を迎えていた。慌てて夫の誠に伝えようとしたが、ダムの写真まで添えてあり冷や汗が出てきた。
 これは、わたしへの気持ちじゃないのに彼は違う人にラブレターを読まれてしまいさらに、間に合わないで死なれてはこまる。
 その時だった、夫の誠の声がする。
 「ごめん、誠くん、まだ描き終わらなくて先にご飯食べてて」
 するとリビングからは無言でお皿をガチャガチャ洗う音が聞こえた。誠は誠で、一所懸命、小説をかく花をサポートしているのだ。
 花は震える手で、連絡先の書かれた封筒を握り締め電話をかけたのだ。
 全く応答しない電話にイライラして、2回かけなおした。
 3回目の電話で3コール目に声がした。花は慌てて電話口で大きな声で告げた。
 「あの、わたし桜さんじゃないです。でもあなたのラブレター読みました。ごめんなさい。桜じゃないの」
 あまりに大きな声で話すものだから、台所にいた誠は、
 「花ちゃん、ちょっと独り言静かにしてくれない?」と苛立つ声が聞こえてきた。
 
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なまえは、まだない。

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    「冬桜が咲く頃に」
第6話
 前回あらすじ
 小説家見習い花は、友基との宛名違いで届く手紙のやり取りを続けていた。ある日、家の庭にある寒桜が満開になった。誠と花は2階のベランダから桜を見下ろしながらお花見をしていた。そんな2人を見つめる人物がいた。
 花は、気に留める様子もなく楽しくお花見を繰り返していた。

 桜様
 先日は、お花見をしていましたね。すっかり家の前の桜も満開でした。あなたは、とっても楽しそうに笑っていましたね。少々お酒が過ぎるようで、ほっぺが赤くなるあなたは、相変わらず変わってないですね。でも、寒くなるので体には気をつけてください。          友基
 花はこの手紙をもらって薄気味悪くなった。わたしのことを知ってるひと?あの日、お花見をしていたことを遠くから見ていたってことだ。 
 その時だった、あの日ふと思い出したのは2階から見下ろしたときに見たある人物のことだった。ご近所さんにも知り合いはまだいなかった花は、黒いコートの白髪のおじさんがこちらをみていたことを思い出した。
 年末から風邪だと思い込んでいた花は、まだ微熱が治っていなかった。それどころか、咳が治らず、痰に血が混ざり始めていた。そんな時だった、健康診断の二次検査の用紙が届いているのもすっかり忘れて友基への返事を書いていた矢先、目に入ったのは、精密検査のお知らせだった。
 家の前の桜の木の下に花弁の絨毯ができ始めていた。一月も終わりに近づくにつれ、咳が止まらなくなった花は病院に受診し精密検査を受けた。
結果は悪性の腫瘍だった。医者からは、「今年の桜は見れないかもしれません」と言われてからは
花は何も聞こえなくなった。診察券を途中で落としてしまい、そばにいた看護師が失意の花を抱き抱えるようにして立ち上がり病院をあとにした。
誠にもそのことは言えなかった。

友基様
あなたは、あのお花見の日に我が家の近くまで来ていましたね。黒いコートの男性をお見かけしました。あの日は、とっても楽しかったんです。夫と初めてお花見をした日だったのと、夕陽に照らされる桜がこんなに美しいものだったなんて思いもしませんでした。
 このお家も、古い家ではありますがとても几帳面に手入れされていました。よかったら、遠くから見ていないで声をかけてくださりませんか?きっとこの桜を気に入って遊びに来られたのですから。
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