風のくわるてっと 〜松本隆初期作品詩集 ♯ 15#松本隆 #詩集 ☆『髑髏旗挽歌(どくろきばんか)』 赤茶の砂塵さっと寝返りうつと 埃にまみれた雑貨屋が 街道のはずれに崩れかしぐ 固く閉ざされたガラス戸の底に 深海魚の放つ濡れた光に似た 無数の駄菓子屋が乱雑に積み上げられ 僕の記憶の成層圏深く その毒々しいオレンヂ色の星雲がひろがる ところが街道の終点ちかい 新興団地のブラウン管のなかで活躍中の ヒーローたちは 歴史の淋しさに暗礁したままの 幽霊船もどきに 航海の夢に苛立つ少年たちに玩(もてあそ)ばれ その残忍な取捨選択のまきぞえくい 天下無敵のヒーローも 無残な姿を白日のにんじん畑にさらす その去勢された伝説が その少年たちにも忘れられなくなる日の来ることをぼくは知っている たとえば仄暗い博物館で凝(じ)っと深淵を見つめている亀の剥製の 淋しげな硝子玉の眼をのぞいてごらん あの蝋びきの夏の楽しい日々が ぼくらが置き忘れて来た昔噺が 印を結ぶとメタモルフォーゼあざやかに 赤茶色のつむじ風となって ぼくらの町を通り抜けるかもしれない きみにもわかるはずだ 東京二十三区地図なんか反古も同然だということくらいは だから虫眼鏡に眼をこらしたって ぼくらの風景は見つかりっこない ぼくらの地図はあのオレンヂ色の星雲表さ 日光写真に装填された幼い日の光景が いま不安な都市に露光したまま焼きつけられる すべてはアスファルトのうえに築きあげられ すべてはアスファルトのしたに塗りこめられ そして優しい罠が 都市のどんな細部にもしかけられた 夕暮れ 超高層ビルのジュラルミンの触覚が 街路にたむろするぼくらの 影を縫いとめるつづく…。