一発で読めない名前が増えたなこれから男の子はより中性的に。女の子はより複雑で難解な名前が増えていくと予想。凝って名付けるのは名付けが一つの醍醐味であるからだと思うけど名前負けしない人物に育ってほしい(棒読み)僕は人の名前を覚えるのも顔を覚えるのも苦手なので、そろそろ簡単な愛称で呼び合う文化になっていっても良いのではと思う(一度親しくなった人の名は死んでも忘れないけど)
幸福と不幸 (今回も長いです‥)僕は面倒くさい奴なので無視してもらっていいんですが、前にこう考えたことがある。「幸せになりたいなーあれ、でもなんで当たり前のように幸せでいたいと考えるんだろう、幸せってなんだろー」結論から言うと僕は今、すごく幸福になりたいとも不幸になりたいとも考えてない質素倹約、慎ましく生きていくことにしていて、それを納得し、ある意味幸福に感じてる。それ以上でもそれ以下でもない。なぜ人は当たり前に、幸せになりたいと考えるんだろうそんな疑問、持ったことありませんか?ありませんよね‥例えばある人が幸福な未来の実現のため東大生になりたいと思った。つまり東大生になることが目標ではなく幸せになることが目標、ということ。もし東大に落ちてしまった場合、挫折を味わい不幸な人生を迎えるかもしれない。逆に受かった場合、成功ではあるがそれを以て幸福と呼べるものではない。つまり合格しなければ不幸な感情を持つ状態。合格しても、幸福になっていない状態となる可能性がある理不尽なほどのローリターン。そのハイリスク・ローリターンは合格後も螺旋のように続くだろう。幸せになるために行動しているのに「幸せになりたい」という漠然としたそれでいて満たされることのない壁が存在することで絶えず不幸になりやすい状況を生み出している「私は不幸だ。」と思っている人は、そもそも何をもって幸福とすべきか、をわかっていないようにも思う。超人でもない限り、得られるものなんてたかが知れているのだからもっともっとの欲望マインドは不幸を量産する癌になる。何かに依拠するのでなく自分の中にこそ幸福があれば良いのでは。自らが幸福Makerに。。
客「私は高望みなんてしませんからAとBがあれば十分です。」りゅう先生「なるほど、ではAとBが揃っていればあとは何でも良いということですね。」客「いや、さすがに何でも良いという事はないです。Cは最低限欲しいです。」りゅう先生「では、A,B,Cが揃ったものをお出しします。これはいかがでしょうか?」客「うーん、いいんですけど‥ここはもう少しこうがいいです。」りゅう先生「そうしたらA,B,CとDが必要ということですね。あとは大丈夫ですか?」客「はい、すみません。あ、これいいですね。費用はおいくらですか?」りゅう先生「こちらです。」客「あー、ちょっと金額が思ったより高いですね‥もう少し安いところはないでしょうか?」りゅう先生「例えばBを妥協頂ければ、こういうのがありますよ。」客「いいですね。ただBがなくなるならFとGを追加でお願いします」りゅう先生「‥それではこれでいかがでしょうか?A,C,D,E,F,Gが揃ってます。」客「かなりいいですね!でもやはりBは妥協出来なそうなので、ちょっと検討したいです‥」りゅう先生「かしこまりました!」(結局A,B,C,D,E,F,Gがマストじゃねぇか!)そんな闘いの日々。ちなみにEとはなんだったでしょうか?
未だ胸糞悪いおっさんが20そこそこの配信者をメッタ刺し・金銭の問題があった・250万円の金銭債権があった・月10万円の投げ銭をしてた・好意を抱いており助けたいと思った金を払った対価(気持ち)が得られない事への怒りを一方的に、最も暴力的な方法でぶつけた金を返さないのはたしかに悪い「200万円を超える額を貸しているけど返してもらえず犯行を決心した」との供述。でも、本心はそこじゃないのでは女性は金で買うものという感覚或いは何の取り柄もなく、金だけはある子供部屋おじさんだったのかもしれない。結局は、年下女子への憧れネット上での関わりのみで頼りになるのは金のチカラ。金貸しも、接点のためだったのでは。でもダメですよ。基本的に年齢5歳差くらいまでですから女子の恋愛対象に入るのって。よっぽどの関わりでもない限りは、ね。投資に失敗した腹いせにその会社を爆破しにいくみたいな感覚なのでおかしいんです、やってること。それにつけてもメッタ刺しは狂気の沙汰ではない。
失敗したくない、と正解を知りたい、は違う他人から意見を募る場合は本質はどちらにあるのか理解しておくことが大事。でないと最初から、自分が求めている答えが正解。という風になってしまうと思うので#ひとりごとのようなもの
馬場の殺傷事件犯人が断罪されるのはもちろんだけどご遺体の写真を拡散する奴等がいる頭沸いてんのか全員特定して処されて欲しい家族がどんな気持ちになると思う都合良いこと書いて人の死さえいいね稼ぎに利用するクズ人間
デートで色んな美味しい店に詳しい男性=出来る男性?いやいや、大抵は色んな女性を連れ回したテッパンのデートコース=怪しい男性相手に誠実さを求めたいなら提供されたもので評価を下すんじゃなく提供者の本質を捉えた上で評価する客観力こそが大事なんじゃないかと思います
信号のタイミングがちょっとでも変わったら街中が大混乱お隣の住人がうるさかったら生活が大混乱虫一匹でたら家中が大混乱エスカレーターは後ろの人が何もしないのが大前提駐車はライン内に揃えて停めるのが大前提公共施設では静かにするのが大前提規律の上に成る整理された平和当たり前すぎて秩序ある日常に気付けないんだろう幸福度とは「自分が望む最上級の環境」の有り無しではなくて「日常からいかにピックアップできる」能力を備えているかで決まるのではないかと思います
帰り道(土曜は乗客が少ないので運がよければ座って帰れるな)そんなことを考えていたら電車が到着。キーーーープシューーガラガラガラ電車内に乗り込むやいなや辺りを見回した案の定、いくつかの空席があり難なく座ることが出来そうだが‥でも今日は座るのはやめておこう。傘が邪魔だしな‥揺られること数十分後ガタンゴトン―――次は―――〇〇駅。キーーーープシューーガラガラガラ到着した。扉が開き、駅のプラットフォームへと足を伸ばすヒンヤリした空気が全身を伝う吐く息は白い向こうには、薄っすら雪明かりが見える(おー綺麗だなーー。)列に従って進んでいき改札を抜ける見慣れたマイタウンに帰ってきた。散り散りになっていく人波いつもより少し足早に見える僕は周りを一瞥し濡れた傘を広げた歩道橋の上、雪混じりの景色がとても綺麗でふと、足を止めた。耳や手が悴(かじか)んでいることも忘れほんの数秒、無心の時間が生まれた。雪を見るのは久しぶりだったから殊更そう感じさせたのかもしれない(こんな瞬間もたまにはいいなー。)そしてまた歩みを進め家路を急いだ。そして家に辿り着く時、思い至ったひとつの結論がある。「いやーーー明日も雪か、まじ嫌だわ‥‥」
いつからか自分にルールを課すのが得意になった制約というやつ一度決意さえしてしまえばダイエットや節約だって簡単にできるでもそれは決して意志が強いという訳ではないむしろ弱い、弱すぎるなので欲を遮断する、スイッチを切るという発想を思いついた気持ちの回路を絶縁体で無理やり遮断する感覚ただ、絶縁体も摩耗し、いずれストッパーの役目を果たさなくなるその時は解放感からパーリナイ!になってしまうのだが今はその先を計画中無関心になる自己洗脳或いは、欲を認知しないという病的なアプローチにトライしてみる出来ないかもしれないけど自分を変えるというのはそういう所までいかないとあきまへんなー
今日は風が冷たく、寒い先日暖かくなった日に桜が咲いたでもその後すぐにまた寒くなった裏切られた気持ちになったろうな、桜春の裏切り人間と似てる最善を尽くすため入念に準備しようとどんなに期待を込めていようと周りは期待に応えるどころか驚くほどに関心がないひんやりとした風が吹くたび1枚、また1枚と花びらが飛んでいく
はじめに言っておきます。僕は性格が悪いそもそも性格の良し悪しって、他人の主観性格が良いと評価されても別のところでは性格が悪いと評価される気前がいい人は、性格が良いと判断されやすい例えば友達に金を貸してくれと頼まれたら気さくにいいよと返答する。その友達が、アイツにも貸したんだから俺にも貸してくれと。それもいいよと返答する。それが何回も続いた場合、いつかは借りることの出来ない人が生まれる。その借りれなかった人からしたら他の人には貸したのに、自分には貸してくれなかったから、つまりアイツは性格悪いよね、と最初から断っておけば良かったのに何故か相手は被害者意識が芽生えてしまいます。もし仮に24時間365日性格が良い人がいるとすればその人は相当、性格が悪い。いや、歪んでいる、或いは取り憑かれているのかもしれない。性格良いは便利屋さん性格悪いは加害者こんな感じじゃないですかね
喪失与えられた時間は永遠ではない生活の中に埋没し紛れてしまう「寂しさ」という感情。薄まることはあろうとも基本的に消失されない。喪失により一人きりになる寂しさを想像することすら僕らはひどく怖れるけど本当に怖れるべきは「一人になること」ではなく「一人になることを受け入れられない自分でいること」なのかもしれない。はい、ここテストに出ますよ。
未来への投資ふと思うことがある。お礼や、挨拶、感謝の言葉は何故伝えるのか。言わないと無礼者とされるような慣習に慄(おのの)いているだけかもしれないけど。世界中、挨拶のない国はないくらいに人間関係において必須のコミュニケーション。もはや口癖のように言ってしまうものだけど、道徳を学ぶ前から、言わなければならないものとして当たり前に認知してきた。答えはたぶんたくさんあるんだろうけど僕は、「未来への投資」と考えることにした。挨拶することで、次の挨拶が言いやすくなるよね。言えば少なくとも、相手が不快に思うことはないよね。気まずくないよね。例えば今日会って、また明日会う。投資で言えば短期的なものなので大きいリターンはないのかもしれない。でも大損もしない。もしそれが3,4年ぶり、10年ぶりと間が空いて再会したときその挨拶は時間を飛び越えて大きなリターンとして、作用しうる。‥のかもしれない。別に金くれって訳じゃないのだけど。少しでも好感を持ってくれたら楽ですよね、お互いに。ネットでもリアルでも相手が血の通った人間なのであればお礼や挨拶は、いかなる場合においても必要な作法として捉えています。逆に、投資に見合わない人だと判断したら損切りしちゃいます、割と容赦なく
「なかなか彼が結婚に前向きになってくれません。どうすれば彼と結婚できるでしょうか?どうしたら結婚したいと思わせる女になれるでしょうか?」という相談が目につく。毎回思うこと。女性側に問題がある場合ももちろんゼロではないと思いますけど大抵の場合、「結婚する気のない人」を選んでしまっているだけ例えば野球選手に対して、「引退して私と一緒に暮らそう」って言ってるのに近い。野球選手はこう思うだろう。「俺はまだまだやれる。」女性にモテる男なんかは特に結婚=引退みたいな感覚を持ってる人も多いと思う。逆に女性は結婚=ステップアップ女性が幸せの階段を登ることに幸福を感じるから男性の躊躇や、やり過ごしの態度に戸惑いを感じる終いには自分のせいなんだと責め始めるこの場合の結婚へのルート・相手が引退するのを待つ・切り替えて結婚願望の強い男性を選ぶ(引退するのを待つっていうのは猫のように首輪だけつけて紐をつけず自由にさせて、遊び疲れてお腹空いたら家に帰ってくるみたいな感じ)このくらいじゃないかなと思います。どちらも女性がそこまでして選ばない可能性が高いのではと思います結婚願望高い男性って、したくてもできないモテてない人が多いですから。つまり現在という軸で100点の人を選べたとしても中長期的な軸では赤点の可能性あり、ということ。それは悩むよなー結婚って、難しいねー
曖昧/あやふやなものが嫌い。曖昧な態度、曖昧な返事、曖昧な回答、曖昧な状況ハッキリさせないと気が済まない。自分が納得しないと気が済まない。なので曖昧なものを見かけたら明確にしようとする。それでも曖昧なままなら曖昧模糊とした状況に不満を覚え出来ればサヨナラしたくなる人間関係は、常に今後があるかどうか考えるつまらないと思うかもしれないけど例えば年始の挨拶でしか繋がっていない友人なんかは整理しても良いと思う。荷物と一緒。3年、5年使っていないものなら処分しちゃっても問題ない。関係を切りたくないから連絡する。失礼だと思われたくないから連絡する。そういう行動に潔癖なんであるべき意味を考えてしまいます。例えばもうピアスをしなくなったのにピアス穴をあけ続けるようなものそこに大した意味はない。そんな感じ。しこりも出来やすいってね。好きなら好き、嫌いなら嫌いとハッキリ伝えられる性格なのは自分がそうして欲しいからなんだろうなやはり曖昧なことは嫌いなようです。
決断を決定的に後押しするものは人の声援などではなく期限だ。だけど、その期限の法則すら超越しそうな「無知蒙昧であり、臆病であり、強欲な人」について文章にする。例えば、車を購入したいと思った1人の男がいるとする。期限までに買わないと、資金繰りが厳しくなるため、必ず買わないといけない状況、とする。期限の到来より、だいぶ前に決断する者もいれば当然ギリギリまで決断できない者もいる。それぞれのパターンの利害。早く購入した場合決済が早すぎる(支払いが早くなる)試乗出来ない恐れがある、というデメリットを負うが手に入れられないというリスクからは解放され他者との商品競合を回避しつつ希望の車にありつける可能性が高いギリギリまで決めなかった場合当然良いものには競合があり、希望の車が購入出来ない可能性、期限までに必ず手に入れられるという担保が得られない、というリスクがあるが、決済(支払い)は遅くなり、試乗も出来る。今回は、後者のギリギリの期限の場合においてのケース。ギリギリまで決めない理由にはいくつかパターンがあるが、最も多いのが自分の理想が高すぎるというもの。期限の到来が近づいているにも関わらずその理想は曲げられない。良い車はあらかた売却され、市場に残った僅かなものには満足ができず、夢遊病のようにフラフラと理想の物を物色する日々。相当な時間と労力を費やす。相手の助言にも本心では信じられず、きっと何処かにあるぞと高を括りその結果大損するのは目に見えてる。見兼ねた者は、悩める男にこう助言した。「他の人は望みのものを手に入れるため早いタイミングで一定のリスクを負った結果今は望みの物を手にしています。例えるなら、遙かに早いことを承知で、始発電車に座って目的地へ向かったようなもの。乗り遅れるということがないからです。」「あなたは最終的に、座れるのかもしれない。ただもうすでに、満員のピークはとうに過ぎている。リスクを恐れ過ぎた結果本来得られる筈だった多くの可能性を何処かに置いてきてしまった。そしてあなたが手にいれるものは、それまで誰も手を出さなかった残り物⋯⋯⋯ということにならないようあなたの幸運を祈ってます。」男はその日中に車を決めた。めでたしめでたし
ホームランをたくさん打ったりゴールをいっぱい決めたり足が早かったり才能を持って生まれた者を周りは凄いすごいと必要以上に持て囃(はや)す例えば才能ある者が心から愛されたいと願ったとき人は、その人の何を愛すのだろう類稀な才能、巨万の富、或いはただただ自分の欲望を満たすためか特別でない者は無数に存在しその特別を自分のものにしようとする才能のある者は、その魂胆に気付き次第に絶望する。求めているのは純粋な愛であるのにその才能がゆえに不純が見えてしまうから相手は否定するだろうただ完全に否定することもまた出来ない。才能とは宿命だ顔の出来が良い者、親が金持ちなんかも含まれるかもしれないその才能が、自らの運命を捻じ曲げてしまう愛するとは疑わぬことだとすると才能ある者には、後にも先にも茨の道が待っている
マズローの欲求5(6)段解生理的欲求・安全の欲求・社会的欲求・承認欲求・自己実現の欲求の5つピラミッド型になっている頂点自己実現承認欲求社会的欲求安全の欲求生理的欲求土台始めにこれを見たときなんてものを考えたんだと驚愕した。もっと細分化したものはあるけど大枠は絶対にこれ。よく話に出る承認欲求で病む人は他者への承認でも、自己承認であっても土台が安定しているから自己生産できるものであってきっと足元が崩れてたらそんな事を考える余裕もないんでしょうね。そういう意味では「ぜいたく病」であるのだと思います。
ダイエットから、欲求へのおはなしご飯を減らすと痩せるご飯を減らすと胃が小さくなるので食べる量が減る不摂生をやめて必要最低限のものを摂取しつづければリバウンドしなくなるつまり過剰摂取をしなければそれに応じた身体が作られていくということ欲求はそれと一緒で意識すればちゃんと抑えられるもの【欲求を解消したい、という欲求をそもそも生産させないような身体作りが大切】欲求はご飯と一緒食べないと、死んじゃうほど大事だけど過剰なものは節制することが出来る欲求を抑えられないのは暴食を抑えられないのと一緒暴食は、身体に贅沢の証拠が宿るけど強欲は、外形上わからないただ過剰な欲求の代償としてメンタルをボロボロにしてしまう何事もほどほどが一番。
過去に挫折を味わった男女の感覚の違い男性「昔こんな事があったんだけど、今の俺があるのはその時の経験があるからなんだぜ」ドヤァ女性「あんなことがあったなんて一生の恥、絶対誰にも言えない‥」ブワァ男は挫折を勲章のように見せびらかし女は挫折を苦い経験として直隠すちなみに脳内が男化した女性は過去の経験を嬉々として喋る傾向(女優さんとか)おなじく脳内が女化した男性は過去の経験を思い出したくないものとしてそっと閉まっておく(メンヘラ男子とか)そんなような気がします。