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漆黒のフェルトハット、黒縁の丸眼鏡にスーツと真っ黒なコートを着こなしたその老人は、終点はどこかを尋ね、それに応えた僕の隣に座った。
きっちり仕立て上げられたスーツと、コート越しのシルエットからわかる伸びた背筋からは、彼の真っ直ぐな人格がよく読み取れた。
天気の話から始まり、世間話の中で僕が旅をしている学生であることを知ると、彼は自分の修めた学問について語り始めた。
その老人は、戦後復興最中の日本で経済学を修め、教師になった。中高生相手に教鞭を執りながら、彼は戦後の日本の歩みを見守り、経済学を研究していた。
彼は、ケインズの管理通貨制度や、ノーベル経済学賞を受賞したバーナンキの理論、国家の運営と国民が負担する税金の関係とその仕組みについて熱く語った。
青二才の自分には、どの話題もとても興味深く、ついつい真剣に聴き入ってしまった。途中で乗り換えるはずが、まさに彼に最初に伝えた終点まで共にすることになった。
その老人の熱く語る様は、まるで未来に彼の人生を、学びを、想いを託しているかのようだった。
ひとつ、最も印象に残った言葉は、
「経済学はな、まやかしみたいなもんなんや」
この一言。
家計や会社経理レベルのミクロ経済学は確実な数字と実体を伴っているが、国家運営や国際的な金融の動き、マクロな経済となると、誰もその実体を掴めていない、と。
勿論、世の天才たちは、その頭脳で経済を分析して経済理論を組み立てて未来を予測している。しかし、純粋科学のような確実性はなかなか得られない、と彼は語った。
そこが経済学がどこまで行っても不完全な学問である所以だと、どこか悲しそうに、しかし愛おしそうな眼差しでつぶやいた。そこには経済学に人生を賭けた彼だからこそ知り得た、確実な諦念が感じられた。
しかし、信念と情熱を持って経済学を語るその老人は、本当に輝いて見えた。
彼の輝きは一生忘れることはないと思う。
最後に手を振って去っていく姿は、今でも鮮明に思い出される。
一期一会、本当に素敵な出会いだった。

サカキバラ♡♡
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