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マサヤス龍之介

マサヤス龍之介

芥川竜之介考  ♯ 19

#国文学の星


蜃気楼ーーー或は続 海のほとり

1927年昭和2年3月1日発行『婦人公論』発表
同年6月20日初版『湖南の扇』収録
同年2月4日 脱稿

 芥川は最初この小説に『海の秋』と題していた。筋のない小説 と芥川自らが解説している通り取立てて、波乱のない淡々とした文体だが堀辰雄は、あらゆる小説中で最も詩に近い小説 と高評価されている。作品中に登場するO君は親友の画家小穴隆一のこと。妻文の回想文『追想 芥川龍之介』の中で文は、
…蜃気楼の中に、主人とO君と私とが、暗い浜辺を歩いている所があります。
「もう一度マッチをつけて見ようか?」
「好いよ。……おや、鈴の音がするね。」
僕はちよつと耳を澄ました。それはこの頃の僕に多い錯覚かと思つた為だつた。が、実際鈴の音はどこかにしてゐるのに違ひなかつた。僕はもう一度O君にも聞こえるかどうか尋ねようとした。すると二、三歩遅れてゐた妻が笑ひ声に僕等へ話しかけた。
「あたしの木履(ぽっくり)の鈴が鳴るでせう。ーー」
しかし妻は振り返らずとも、草履をはいているのに違ひなかつた。
「あたしは今夜は子供になつて木履をはいて歩いてゐるんです。」…
という箇所がありますが、その時、私は木履などはいてはおりませんでした。 
鈴の音は、私の袂の中に入れていた子供のセルロイドのおもちゃでした。
O君というのは小穴さんで、私達は、暗くなってもよく浜辺を散歩しました。…
 芥川は大正15年4月から妻文の実家がある鵠沼に滞在した。その時の写真が最初のものだが、芥川の何処となく疲れた表情なのがよく伝わってくる貴重なスナップである。芥川は東京の学生K君と近くに宿をとってい盟友Oと三人で、蜃気楼見学行くが果せず帰るが、その夜再びO君と妻とで海外に行く。死人の木札を見てO君は…マスコット…だと云い、妻は…木履履いているのよ と冗談で答える。彼らは芥川の神経に細心の注意を払いながらさりげなく、応待いるがその微妙さが惻々として伝わってくる。私はこの作品は芥川の湘南小説の傑作だと思う。そして桑田佳祐が図らずもその楽曲の中で、芥川龍之介にスライ&ファミリーストンを聴いてお歌が上手と言わせる詞を書いたことに、桑田佳祐がこの作品を読んでの感慨が詞に込めたのだと直感したのだ。


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