ある飲み会の席でのことだった。その人は、ベロンベロンに酔い潰れていた。座敷で横になりながら「馬鹿野郎、馬鹿野郎」と、誰にともなく、ひとり管を巻いていた。「俺、この人のこと、好きなんよ。みんな、あんまり評価していないけど」介抱する私に気づいた上でのことかどうかは分からない。その言葉を口にした時、どこまで理性が働いていたのかも分からない。それでも、私は、その人の言葉が嬉しかった。怒る時は、顔を真っ赤にして本気で怒った。赤鬼のようだった。その人から何度か叱られた。それでも、私は、その人を決して嫌いにはなれなかった。自責の念に駆られ、打ちひしがれることが何度もあった。その都度、言葉をかけてくれた。「先生、間違ってないよ」人として、まっとうに生きようとする人だった。同じ寮で働いていた時代、その人の言葉がたくさん記憶に残った。寮の子どもたちにも、その人の受け売りを説いた。「k先生、s課長のこと本当に好きっすね」いつもその人の話ばかりする私に、子どもたちも呆れるしかなかった。現場一筋だった職人気質のベテラン指導員が寮を離れ、これまでと違う調整、折衝などの事務仕事をすることとなり、不慣れな業務のこともあってか、うまくいかぬこともあり、かつての後輩たちとの間にもいつしか溝が生まれ、現場の不満がその人に向かうようになった。私はやっぱりそこでも寡黙だったから、その人は、私を前にいつも困っていた。「先生、何も言わないからさ。これでおしまい」ひとしきり、私を褒めてくれて、それでも、気の利いた感謝の言葉を何も返さず、黙って聞くばかりの私に、照れたような、困惑したような、そんな顔をして、ひとりで話を打ち切った。私には、これまで生きてきて、尊敬する人など、ほとんどいない。人生のある期間、この人と一緒に生きることができたことを、私は幸せに思っている。温かくて、深みがあって、けれんのない実直な人だった。