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おっち

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「今日の試合、必ずホームランを打つからな」
 病室にて、山本はファンの少女にそう約束した。
「うん。私も手術頑張るね」
 難病を患っている彼女は、大きな手術を控えていた。
『大好きな山本選手に応援してもらいたい』
 少女の願いを叶えるため、山本は練習の合間に病室を訪れたのだった。
「一緒に頑張ろうな」
 そう言って二人は握手を交わした。

 その日の試合。
 9回裏一対一、ツーアウトランナー一三塁で山本に打順が回ってきた。
 山本はここまでノーヒット。迎える相手ピッチャーは、球界随一の守護神と呼ばれる下田投手だ。
 どちらも負けられない戦い。
 応援団のボルテージは最高潮に達していた。
 球審のコールが響く。
 お互いの視線が交錯し、一拍を置いて下田投手が投球モーションに入った。
 それをみるや、山本はバントの構えを取った。
 瞬間、全ての時が止まった。
 まさかのセーフティスクイズ。
 下田の反応が一瞬遅れる。その間も、ボールは転々とファアゾーン三塁線に転がっていく。深めに守っていた三塁手では追いつかない。
 下田が慌てて捕球しにいくも、態勢が整わない。ボールは下田のグラブを弾いた。
 三塁ランナーが帰還し、スコアボードに得点が刻まれる。
 まさかの奇策……。
 いや、そうではない。これは山本の戦術だった。
 下田に致命的な“癖”があった。一塁ランナーを気にするあまり、本人も無意識の内に、僅かながら投球後に重心が一塁側に倒れる。
 普段であれば下田自身が意識して抑え込んでいるのだが、今日は違った。肉体的な疲れか、精神的な乱れか。いずれにせよ、山本は、投球練習の時点でその悪癖の片鱗を見つけていたのだ。
 試合は2-1で山本のチームがサヨナラ勝利した。
 完全なる作戦勝ちであった。呆気に取られる下田を尻目に、山本を中心に歓喜の輪が広がっていく。
 9回裏の奇跡。これぞ野球の恐ろしさであり、これぞ野球の面白さでもある。
 悲喜こもごもの雄叫びが、球場全体に響きわたっていた。

 なお少女の手術は失敗した。

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