「やがて3人そろって家を出た。もうここ何ヶ月もいっしょにそろって外へ出たことなどなかったのだ。彼らは電車に乗って、郊外へ出かけた。ほかに相客のない車室には、暖かい陽射しがいっぱいに差し込んであふれている。3人はすわり心地よく座席へゆったり背をもたせかけて、将来への希望などをいろいろ語り合った。(中略)3人でそんなことを話し合っている間にも、ザムザ氏とザムザ夫人とは、だんだん生き生きと快活になってくる娘の方を期せずして眺めやりながら、この娘にもかわいそうに一時は頬から血の気がすっかり失せるほど苦労をさせたが、どうやら最近はまた豊満な、美しい娘ざかりの姿へ立ち戻ってくれたものだ、という感慨がほとんど同時にめいめいの胸に湧き上がってきた。すると夫妻は言葉すくなになって、お互いのまなざしだけで暗黙の了解をとりかわしながら、ひとつ、これからは娘のためにりっぱな男を見つけ出してやらねばなるまい、と考え込んでいた。 さて、いよいよ電車が行楽の目的地へ着いたとき、娘はいちばん先に立ち上がって、その若い肉体をしなやかに伸ばしたものだ。その美しい姿が、新しい夢と、善い意図をしっかり保障してくれるように夫妻には思われた。」 彼は最後まで社会を、人間を諦めなかった。