自己の道具化は社会を動かす為に必要な事なのかも知れないだがそれは人間の本来的な生き方と言えるのだろうか?自分自身は道具体系における目的の根源だ。いわば王様であり、かけがえのない存在だと言える。それなのに自分達は人間の道具体系の中に自分を軽々しく放り込んで何らかの道具として位置づけてしまうそうすると、どういう事になるか食事の時のスプーンが壊れたら変えてもらう。壊れたら似た機能を持つモノを探して傍らに置く。道具として見るとはそういう事利便性はあってもかけがえなさは決して発生しない。自分が道具になるという事。まさに今の日本社会。。