「くん」付けで呼ばれたいです。幼少期から「さん」付けで呼ばれる環境で過ごしてきたのと、社会人になってからは接客の都合上「様」付けで呼ばれることが多いので、呼称についてはプレッシャーを感じる環境で日々過ごしています。なので、お互いに少年少女のようなイメージで呼び合えたら嬉しい、そんな気持ちです。
広げない方が良いんじゃないかと思っています。「海外の国々の文化が日本的なものになっていくこと」が良いことだと捉えれば、それは良いことだと思いますが、海外文化の日本化が進むほど、「海外から新たな文化を取り入れる」という面での良さが減ることにつながると考えております。
休日に限らず、自宅に居るときは基本的にGreen Music produced by Zurichを作業用BGMとして流しています。あと私はVTuber戌亥とこが推しなので、その歌を聴いたり、自分が平成初期生まれなので平成の懐メロを聴くこともあります。
…………ブウウ――――――ンンン――――――ンンンン………………。 私がウスウスと眼を覚ました時、こうした蜜蜂の唸るような音は、まだ、その弾力の深い余韻を、私の耳の穴の中にハッキリと引き残していた。 それをジッと聞いているうちに……今は真夜中だな……と直覚した。そうしてどこか近くでボンボン時計が鳴っているんだな……と思い思い、又もウトウトしているうちに、その蜜蜂のうなりのような余韻は、いつとなく次々に消え薄れて行って、そこいら中がヒッソリと静まり返ってしまった。
私は意外とパートナーの服装気にしちゃいますねww自宅で過ごすときは全然もう好きなようにすれば良いと思うのですが、外出するときは、行く場所に相応しい服装をして欲しいなと。パートナーに恥をかかせない、もしくは顔を立てるのも、優しさのひとつだと考えています。
誘われることが多いですが、お断りすることも多いです。申し訳ないな〜といつも思ってますし、断り方どうしようかな〜といつも悩みます。でも誘われるのってめちゃくちゃ嬉しいですよね。自分が心から乗り気になれるお誘いには遠慮なく乗るようにしています。自分にとって有意義だと感じれば、多少無茶なお誘いに対しても時間を作ります。出来る限り、自分から人を誘っていくようにしようと心掛けています。その方が、自分にとって色々と良いと思いますので[好き]
「希望を持つこと」です。毎朝、コーヒーを飲みながら聖書を読む、という習慣があります。そのとき一番自分の中で気掛かりになっていることについて、聖書の内容と照らし合わせ、「なんとかなる」と希望を持ってから、活動を始めるようにしています。
中華の文化的要素が強い家庭(おそらく華僑なのではないかと考えている)で育ったので、自然と中華料理が得意になりました。具体的には、炒飯、番茄炒蛋、八宝菜、火鍋をよく作ります。あと、あらゆる食材を中華料理風に調理することが得意です。
人間味のニンジンを食べます。「人間味ってどんな味なんだろう」という好奇心があるのと、ニンジン味の人間は食べると健康被害がありそうだからです。ただ人間味のニンジンが、仮に人間味(にんげんみ)のあるニンジンだとした場合、そのニンジンは人間を超えた超常的な存在(人間にはない植物的な能力を持った人間的な存在)なので、食物連鎖の頂点が人間からニンジンに変わったと認識し、ニンジンに私を食べてもらいます。@音声ルーム来てくれた方々ありがとうございました!めちゃくちゃ面白くて楽しかったですwwww