
ヨシュ
でっかいねこのみみげです
クソリプしかしません

ヨシュ
炊いたもち麦とオクラのかき玉スープ
これは普通に美味しい


ヨシュ
豆乳でふやかしたオートミールにヨーグルトとドライフルーツぶっかけたゲロみてぇな食い物


ヨシュ


ヨシュ
Gravityあるある今から言うよ〜
oh Yeaaaaaaaaah!!!!!!!!
Gravityあるある言いたい〜
Gravityあるあるすぐに言うのさ〜
Gravityあるある言いたい〜
あなたに今すぐ言いたい〜
so Gooooood!
Gravityあるある
つらいと嘆いた時知らんやつから慰められがち
やさしいねぇ

ヨシュ

ヨシュ

ヨシュ
とんでもねぇ作品紹介してくれやがったな

ヨシュ

ヨシュ
ベーコンやハムの発色剤として使われているコチニール色素。あれ、虫の体液です。

ヨシュ



ヨシュ
あのときあんなことしていなければ……
と、何年経っても過去のネガティブシーンに今をかき乱されたりしていませんか?
ぼくはしょっちゅうありました。
そんな悩みを抱えるあなたのために克服法の話をしたい。
ネガティブシーンはやたらと彩度を保ちながらぼくたちを苦しめ続けますが、思考をずらすことで対処ができるようになります。言わば考え方のクセを変えることです。ネガティブシーンがフラッシュバックした時、全く別次元の想像をする。これだけです。
ネガティブシーンがフラッシュバックした時に「明日美味いもの食いに行こう」など、別の思考を働かせるのです。
そうすることによって……
フラッシュバック▶︎過剰反応する▶︎メンタルが落ち込む
という一連の流れから
フラッシュバック▶︎別のこと考える▶︎フラッシュバック
シーンが重要では無いと脳が認識して再出現しにくくなる
というようにネガティブシーンの攻撃を躱すだけでなく再出現しにくくプログラムし直すことが出来るのです。
ぼくたちは過剰反応してしまうがためにネガティブシーンが重要な情報であると脳が学習してしまうのです。
それによって何度も何度も痛めつけられる羽目になる。
フラッシュバックから抜け出す鍵は「思考ずらし」
これに尽きるとぼくは経験から感じました。

ヨシュ
ぼくたちは「物事由来の幸福」こそ至高で得るべきもので、それがあれば満たされた人生を送ることができると考える。しかし、答えは否。
常に上には上がいることを忘れてはならない、物事由来の幸福ばかりに時間を奪われると欲しいものを手に入れても何かを成し遂げても嫉妬心に追いかけ回され、そのまま墓場に足を突っ込むことになる。
武道の世界に心·技·体という言葉があるように人間の社会においての幸福は心·技·体のプロセスが必須である。
にもかかわらずどうだろう、周りを見渡してみると、見た目の美しさや表面的な恋愛テクニックや話術、学歴など「体・技」を磨くことばかりに熱心になっているではないか。これでは肝心な「心」が疎かである。
ぼくたちは起きた出来事に対する心の反応を学ばなければならない。これからは「心」を磨かなければ文字通り生きていけない時代になるだろう。
幸福の鍵は足るを知ること。これに尽きるんじゃないのか。
さて、本題。
どこを見渡しても欲望の渦だ。
やれ、かわいい女とヤリたいだ。
やれ、金持ちと結婚して専業主婦になりたいだ。
やれ、有名人になりたいだ。
そうなったらどうなると言うのだ?
それこそが至高の幸せだと?
甘い、非常に甘い。断食明けに食うミルクチョコレートより甘い、考えが甘すぎる。
これらの欲望は全て自己完結出来ないコンフォートゾーンの外側にあり他者依存型なのだ、至高の幸せは外側には存在しない。常に自分の脳みその中にある。
様々な微々たる感覚を湛え、理解し、飲み込む。
その感覚由来の情緒をかき集める作業こそが幸せそのものなのだ。つまり常に自分との対話をすること。全て自己完結型であることが必要なのだ。

ヨシュ
順に
・黄金イモムシ
・オーロラフェザー
・ケチャップマヨネーズ




ヨシュ


ヨシュ


ヨシュ


ヨシュ
視覚情報多いし、うるさいし、色んな匂いするしゆっくり買い物できないᵕ᷄≀ ̠˘᷅

ヨシュ
ついつい我が子には極度に甘やかしたり極度に厳しく指導してしまいがち。
これでは人は考えなくなり、目の前にいる大人を満足させるための最適解を探すようになる。
これでは「自発」で動き出そうとしても過去の躾が足枷となり身動きが取れなくなる。
ぼくの提案は「驚き」を教育に取り入れたらどうかというもの。
褒める場合、どうしてその結果に至ったのかを驚きながら聞く「なるほど!それどうやったの?」と。
そうすると子供は嬉々として話してくれる、そうするとどうやって次は驚かせてやろうかと新たな発見をどんどん持ってくる、これが正しい自発。
子供のことからこの自発が出来る子は自分で考え、自分で動けるようになる。
かく言うぼくも中学のころの校長先生が驚くのが上手で、色んな発見をしては話し込んだ。
その経験がぼくの考える力を養ってくれていたのだと今になって気づいた。
教育に必要なのは放任するでも厳しくするでもなく、子供が自発的に何かをすることにあるのではないでしょうか?

ヨシュ
だからね、みんなぼくとお話するといいよ。

ヨシュ


ヨシュ

ヨシュ
皆さんには実家ってあります?
ぼくは無いです(ぴえん)
実家があって尚且つ家族関係が良好ならチャレンジ無限連鎖が出来て、願望実現にめちゃくちゃ有利だぜって話です。
その名もヒットアンドアウェイ戦法‼️
衣食住が満たせる身体的安全拠点があると人間は無双できるわけですよ。何にチャレンジしようが再起可能。
残機無限なわけです。勝ち確なわけです。
帰る場所があること、これってめちゃくちゃ強みなんですよね。
やりたいという「自発」が生じれば、ポンッと足を踏み出せばいい、そこでなんかちゃうなぁと思えば拠点に戻ればいいだけ。
これを繰り返していくと、それまで結果が出なかったとしても経験の点がある時、線で繋がるランデブーポイントが出来る。あとは、ただそれを繰り返すだけでいい。
自分で生活するためにお金を稼がなければ、と鼻息を荒くする必要も無いから肩の力を抜いて挑める。
そして、試行回数が多ければ多いほど経験的観測がクリティカルにできるようになる。言わばこれが経験値の違い。
段違いに仕事できるなこいつって人とか達観して物事を捕えることが出来る神様みたいな人はこの試行回数がとってもとっても多い。そういう人は実家に限らず何かしらの精神的、身体的安全拠点を持っている人です、絶対にね、例外はマジでない(僕調べ)
こういう人は壁にぶち当たった時の対処法が煩悩の数より多い。
同じところで何年も何年もシコシコやってる人はひとつのやり方しか知らない、それどころかこれこそが至高だと頭でっかちになりがち。この場所で何年もやってきた俺こそが正解なのだ、と。
他方ヒットアンドアウェイが上手な人は二の手三の手と攻略法がポンポン思いつく。
そう、なぜならひとつの手段に執着が無く、これがダメでも俺には私にはあの心理的、身体的拠点があるんだという安心感があるからだ。
ヒットアンドアウェイ戦法はある種の人生攻略法とも言えるかもしれない。

ヨシュ
フライロッドビルダーの方が言ったこの一言は人生のいろはを凝縮している。

ヨシュ




ヨシュ

ヨシュ

ヨシュ
海外で働いたというワンステップは圧倒的な自信にもなる。

ヨシュ


ヨシュ

ヨシュ
体感15mはあった。

ヨシュ
そんな素敵な夜です。

ヨシュ
例えば、外気温が低いから体表面への血の巡りを抑えて臓器への血流量を増やして深部体温を保ったり、血液の濃度を一定に保つために(PH7.35±0.05)nacl(塩化ナトリウム)を体外に排出したりなど、多岐に渡る。
そういった恒常性がぼくたち人間の心にも働くのです。
今の生活で充分に生命を維持できているから大丈夫、変化するのは危険だから止めよう‼️と、脳が抑止力を働かせ変化をしないようにぼくたちを仕向けるわけです。
じゃあ、太刀打ちできないじゃないか‼️
と思うかもしれませんが、脳みそを騙し討ちできる行動テクニックがあります。
それが脳みそにバレないように小さい変化を積み上げていく作戦です。
どうしてもぼくたちはデカイ変化を求めては脳みそに返り討ちにあうことがしばしばですが、それもそのはずです。恒常性がゴリゴリに働いているワケですからね。
その恒常性の網目を潜るのがこの作戦です。
例を出しましょう。
あなたがジムに通ってダイエットを成功させたいとします。その時、ジムにとりあえず行くことだけ考えましょう。これが小さい変化です。今日はジムでウェイトトレーニング30分やってランニング30分やって……と、最初からバカデカハードルをまたごうとするから失敗するわけです。最初のトリガーはとりあえずジムに行くことだけで良いのです。そうすると、ジムに来ちゃったからとりあえずランニングちょこっとやってから帰るか。
と、トリガーを軸に次の行動が始まります。
そうすりゃ勝手に、次はもう少し……と、トレーニング強度も増していくことでしょう。
時間を味方につければ気づけば理想の体を手に入れているはずです。

ヨシュ
「他人は簡単には変わらない、ならば自分が変わろう」
など、という謳い文句に鼓舞され躍起になることはしばしばぼくたちの人生にピンを落としてきた。
しかし、誰もが思ったはず「あれ、自分が変わるのも難しくないか?」と。
それもそのはず、何年、何十年と積み上げられたぼくたちの習慣は、そう易々と変化するのを拒む。
そして「また、今回も変われなかった」と、肩を落とし自分を傷つける。それによってもともと少なかった自信が削られ、また心がやせ細っていく。
そんな地獄の堂々巡りに終止符を打つ提案をしたいと思う。
つづく……

ヨシュ

ヨシュ
全男が好きなやつ


ヨシュ
この時の感情のフィルターが濁ってしまっているのが原因だとわかったのだ。
さて、次はその物事に対するぼくの反応だ。
脳がみせてくる偏屈な情報を真に受けて「だよね、死ぬしかないよね」と、死を肯定していたのだ。
今思い返しても、見事に無様な反応だった。
ここからコペルニクス的転回を見せたのは、脳がみせてくる偏屈な情報に対する反応を変えたことだ。
脳が提供してくる情報に対して「そうなんだ、へぇ」と、反応を返すこと、簡単に言えば無関心。
陰謀論者がコロナワクチンは陰謀だとのたまう際に「そうなんだ、へぇ」と、無関心で切り返すのに似ている。
ぼくの、絶体絶命な状況にさらに追い打ちをかけていたのはいつも「過剰な反応」だったと分かったのだ。
今では、いい出来事も悪い出来事も「そうなんだ、へぇ」と無関心を貫くようにしている。それは、さながら明晰夢を楽しむ1次元上の自分のように。
全てを幻、もしくは夢と捉えるようにするとメタ認知でき、状況を客観的に楽しむ余裕が生まれたのだ。
なんとも突飛な理論ではあるが、ターニングポイントの足がかりとなるのはいつだって感情であり、その時の反応の仕方次第だったのだ。

ヨシュ
ぼくの人生は客観視すれば波乱万丈(幼少期から身内が居ない、金融所得税追納のため多額の負債など)で現在進行形でなかなかに終わってる状況、しかし、割と何とかなっているし解決策を見つけ日々奮闘しつつ今もこうして、のほほんと生きている。
驚くことに、生きるのをやめようとすると必ずターニングポイントとなる出来事が起きている。さながら、見えざる神の力と言わざるを得ない。
人生に意味なんてないし、意味なんて持ったところで失望するだけだと思っていたクチだが、今までの経験からまだ成せることがあると暗示を受けている気がしてならないのだ。
スピリチュアル的要素があまり好きではないが、理論では証明できようもないから神だのなんだのと、のたまうことになる。
しかし、唯一理論で証明出来ることがある。
それは「感情」だ。
ターニングポイントで起きた事柄とその時の感情をメモして残しておいたものがある。その時の感情とは「安堵感」である。なんとかなりそうだという安堵感がその時生きる活力になったのだ。
反対に絶望期では黒い感情に支配され、頼んでもないのに嫌なことばかりが起きるようになる。
これは何故なのか?
不思議でたまらなかったので、ロジックで紐解いてみようと思い、そんな時に手にした情報がヒントになった。
それが、脳による情報の選択と偏り、そして起きた物事による感情と、それに付随する反応だった。
つづく……

ヨシュ
虚無ライスは食べた事実そのものが存在しないのでカロリーが無になります。
ダイエット中の方にオススメですよ。
ちなみに中身は鮭バターライスです。


ヨシュ
気になるあの人に少しでも近づきたい。誰しもが持つ純粋な気持ち。
手っ取り早く、最速で相手の懐に入る方法があります、それは……
「共通の敵を作ること」
そうです、あのヒ○ラーが民衆を先導するために使った手法です。
世界大戦大敗によりアーリア人が貧しい生活を強いられているのは金を儲けているユダヤ人のせいだ‼️
私たちアーリア人こそ優れた人種なのだ‼️
と、民衆を掻き立て、挙句の果てにホロコーストという凄惨な事件に至ったわけです。人間なんてそんなもん。
きっかけさえ与えればどうにでもなってしまう。
(トランプ元大統領も同じ手法を使って支持を拡大させた)
え?共通の趣味とか見つけるんじゃないの?
とか思いましたよね、それよりもっと効果的です。
ネガティブな物事が印象に残りやすい人間のバイアスを利用したテクニックですからね、脳みそに標準プログラムされてるので意識しなければ抗いようがないのです。
嫌いな奴というネガティブな情報を共有することによって、この人は自分と同じ価値観を持っている。と、錯覚させることが出来るので一瞬で距離が縮まります。
趣味の話とかするのはその後の方が感触はいいはずですから、試してみてね。いや、やっぱりやめてね。

ヨシュ
演奏テクニックも作曲スキルも世界トップクラスなのに納得いかない(ꐦ◜ᴗ◝)و

ヨシュ
小説あるあるの「アイツなんだったん?」が、絶対にない。これはキャラクターに対する愛だってなんかのインタビューで言ってた。
登場キャラクターみんなの未来が見える形で終わるから読後感が最高に良い。

ヨシュ
仲良くなるいちばん簡単な手段なのにね。