
ふう
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ふう
そして多くの人は、「意味はない」と結論付けるのではないだろうか。
そう結論付けるのは規模の大きな前提条件がついているからなのかもしれない。
例えば、仕事上であれば「思考」「コミュニケーション」「誠実」といったもので
何か一つでも秀でたものがあれば必要性を感じ、生きる意味となりえる。
ただ地球にとって、または世界にとって「人間とは必要なものなのか」なんてことを考え出すと会社に貢献すること自体に意味がない。
このように規模の大きい視点を持つとすべてに意味を見出すことが難しい。だから自分の都合のいいように解釈するようにしている。
それは「人は物語を生むために存在している」という解釈だ。
人生は一つの物語で会って、そこに優劣はない。
富や名声を得る物語があれば、苦悩ののちに絶命する物語もある。
個人で必ず異なる物語があり、感じ方は人それぞれ。
どの物語にも需要はあると信じている。
「生きる意味」や「生まれた理由」について考えたことがある苦悩を知っている人の物語に私は触れたい。

ふう
だが兄は自分の真似をする弟が疎ましかったのか、自分の負担を減らすための道具として扱った。それでも私の人生モデルは兄であることに変わりはなかった。
そんなガキ大将はいつものように、家に数人の同級生を家に連れてきていた。そして、ある同級生から兄のことが嫌いだと告げられた。なぜ、私に言ったのか理解ができなかった。
兄に近しいであろう弟に言ってしまうリスクがある。そして、それは解決につながるものではなかった。兄にかなわなかった為、近しい存在へ呪いをかけたのだと捉えた。
私はその言葉によって理想を失った。
中学校では同じ部活を選んだため、同じ競技内で兄を知る人間に比較されることが多くなった。中学三年生時点で身長が180cm近くある兄は部活動では重宝されており、顧問からも信頼が厚かった。一方で私は体格や身体能力が特段優れているわけではなかった。時には面と向かって「兄貴はすごいのにお前はどうした?」と無神経な言葉を発せられることがあった。私は不満に感じながらも動じたそぶりを見せないように「俺に聞くなよ」とだけ答えることを定型としていた。
かつて私に呪いをかけた人間と顔を合わせることになる。大きな目をしているが虚ろで輝きがない。その輝きは兄に消されたのかもしれないと思った。
そして私への呪いはより強いものとなった。
優れた人間や理想的な環境と比較し、卑屈に感じたことは誰にだって一度はあると思う。それが成長過程の中で自分以外の誰かから比較され続け自分でも考えさせられる。
それは家庭の中でもあった。優れた兄の私への嫌がらせや馬頭はもみ消され、父のストレス発散に使われるのは決まって体格の小さな私だった。
どのコミュニティに属していようとも、与えられる劣等感に速攻力はなかったが日々蓄積されていた。それを原動力に成功した人間もいるだろう、私はそれができなかった敗北者なのだ。この敗北者という結果から過去を取り上げて後付けで言い訳をしているだけだとは思う。けど、この過去も今の私を形成している一部だということは吐き出したい。
こんな話をしたところで自分の見え方が変わるとは思ってはいない、だから匿名のこのアカウ

ふう
それが手に入りそうになるとついつい欲が出てしまう。離れていくことにどうしようもなく頭を悩ませる。
以前に心理学を少しだけ学んだことがあり、「依存をどう避けるか」がカウンセラーに必要とされる能力の一つと聞いた。
この話が確かなら、素人が中途半端に手を差し伸べることは双方を苦しめることになると思う。
なので手を差し伸べるのであれば、知識があるか深いかかわりを持つ覚悟をしてくれ。褒められるような優しさであっても不幸しか生まないことを理解してくれ。

ふう
どんな小さなことであっても、何が命を断つ理由になるかわからない。どんなことであっても比較したり、否定したりなんてことはしないでほしい。

ふう
そんなことを言う父親だが職が安定しておらず、収入は母親の稼ぎで賄われていた。父は自分の尊厳を誇示できる場が家庭にしかなかったのかもしれない。それなりに学がありプライドが高かったため、余計に家庭では虚勢を張っていたように思う。
また、教会では自由意志という思想があり、私たちは自由に物事を選択する権利があるという教えだった。私は憎たらしくも両親の信仰心を利用するように「自由意志があるなら、教会に行かない自由もある」といったこともあった。しかし父は「お前が選べるのは引きずられて教会に行くか、素直に自分の足で教会に行くかの2択だ。」と理不尽な言い分を並べ、最後には暴力に走る。
今思えば自分の父に屁理屈を言い放つ、子供もどうかしている。そして、そんな子供に対して大人の物理的な力で従わせようとしていた父も情けない。
そんな父に似た性格を持つ自分に嫌気がさす、誰かと深くかかわってはいけない気がしてしまう。
そんなことを考えながらも人と親しくなることを諦めきれていない。良好な人間関係を築くことのできる人間になりたい。

ふう