先の投稿で私は、「このような犯罪があっても、男性保育士全体を否定的な目で見ないでください」と言いたいわけではないんです。だって、こんな事件があると男性保育士に警戒心を持ってしまう女性の気持ち、分かるもん。俺だって、自分の子どもがこのような卑劣な犯罪の被害者となったら、と想像すると恐ろしいし、そんなことがあると、知りもしない男性保育士に対してネガティブイメージを持ってしまうのも無理もないと思う。「そんな卑劣な輩はごく一部」ってことは分かってる。「大多数の男性保育士は真面目に頑張ってる」ってことも分かってる。でも、「いまは感情が追いつかず、見知らぬ男性保育士を受け入れる気持ちになれない」ってこともあると思う。人間だもの。社会を変えるためには、男性保育士を平等に見てもらうためには、「そうは言ってもやっぱりおかしいよ‼️差別しないで男性保育士を見てよ‼️」と声を上げることは大事なのかもしれない。でもね、やっぱり俺は、そんな「持って行き場のないネガティブな感情」に対して、議論して論破して自分の権利を主張するのではなく、「できるだけ理解しよう、寄り添ってみよう」って気持ちを持ってたいんだ。「綺麗事だ」って仰る方もいるかも知れない。でもね、俺は保育士なんだ。色々な感情を一生懸命表しながら成長してく子どもに対し、気持ちに寄り添い、時に導きながら発達を促す。それがうちら保育士の仕事だ。だから、子どもに対してだけでなく、保護者にも女性にも、綺麗事と言われるくらいの理想を持って、「まずは相手の意見を理解しよう」という気持ちを持ち続けることが大事だと思ってる。それこそがウチら保育士の専門性だと思ってる。世間の声を気にして怯えるのではなく、今、自分の目の前にいる人たちの気持ちをこそ、大切にする。その積み重ねが、いつか男性保育士の地位向上につながるんじゃないかなぁ。いつも「自分の言動が相手にどのような印象を与えるか」に配慮して、自分にできることをひとつずつ積み重ねていきたいなぁ。まぁ、失敗を重ねながら行きつ戻りつな保育士人生だけどね。