1945年8月15日終戦記念日…に因んで『アーロン収容所』を朗読してます。(最終回)徴兵される前、私(会田氏)はフランス文学の研究をしていた。その当時買って読む機会のないまま戦地まで携帯してきていたのが『魚の歌』という本である。この本は行軍の合間に気まぐれに開いてみたりしていたのだが、在学時の華やかな光景を思い起こす強烈な苦痛を伴ったので、1頁以上読み進めることもできなかった。…やがて行軍中に雨風にさらされボロボロになり、ある時は同胞の煙草の湿気避けのためにちぎられてしまい見る影もなくなった。ー・昭和20年4月メーテクーラの激戦後、山越えを余儀なくされた頃、“山越の前にメパクリン(マラリヤの治療薬)が欲しい”という点で一致した一同は野戦病院病棟に立ち入る。そこでは機銃掃射で殺された12人の患者の屍が横たわっていた。一握りのキニーネを手に入れ見渡すと、屍の1人が手に『魚の歌』を携えていた。読み進めることはできなかったその本だが、郷愁をさそうその本への思い入れが膨らんでいた私は本を手に入れたいという衝動に駆られた。私は「頂いて行きます。君に続けて僕が読みます」と口に出して屍の彼に告げ、病院を後にした。ー・結局、『魚の歌』は帰国前に残留になった戦犯者のいる収容所に残して来ることになったのだが経緯は覚えていない。しかし帰国後に、教え子の同志社女子大学の学生が「先生のお探しの本です」と『魚の歌』を届けてくれたため、その本は再び私の手に渡った。不思議な縁で三度私の手に渡ったその本は今なお机の上にある。幾度か読み返してみた。淡々とした叙述はいまも強く私の心を惹く。しかし戦場ではたしかに燃え上がるような激しい力、特に抵抗の精神を感じた筈である。しかし今は違う。ここには静かな情熱はあるが、激しいものはないように思える。一言一句全部覚えはある。たしかにこの本だ。しかし読んでいたのは違う本のように感ぜられた。(後略)読後感:戦没者や、苦渋を舐めた戦争捕虜の無念を偲び、戦争について1年に1度くらい思い出してみるのも悪くないよなと感じました。(…それにしても自伝で物語としての脚色がないから読み進めるのがキツかった。苦笑)聴きに来てくださったみなさま、ありがとうございました🍀