ダシール・ハメットの『マルタの鷹』の徹底的な客観描写では、神の視点を導入しながら、神の問題が曖昧にされていたが、それをカトリックの神の愛で固定したのがグレアム・グリーンの『ブライトン・ロック』だと思う。こうなると探偵は要らなくなるから、この小説において正義の役を果たすはずのアイダは、かなり影が薄い。そのかわり、不良少年たちの描写は鮮やかで、ダロウ、ピンキー、スパイサー、コレオーニ、カイトなどみんな存在感をもつ。正義をなすのはアイダではなく、神でしかありえない、というグリーンの立場がそこに見える。