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ただくまー
昨夜のこと、僕と田中はゲームに興じていた。二人ともいい歳したおっさんだが、仕事が忙しくなってからも、月に一度くらいはオンラインで顔を合わせる。
「ひと狩りいくか?」
最近ハマっている「モンスターハンターワイルズ」に移動し、二回目のクエストが終わった頃、耳元からプシュッと小さな音がした。
「いや~、死ぬかと思った」と言って、田中は缶ビールのプルタブを引っ張った。その音がヘッドホン越しに微かに聞こえたのだ。
三回目のクエストに入ると、田中の口調が妙に哲学的になった。それは彼がアルコールに酔い始める兆候だった。
「おいおい、素子ちゅーやつよぉ、ただのアニメのキャラっつーわけじゃねーんだよな~。現代思想の身体と意識の問題をバッチリ体現してんだ、これがよ~」
僕は次のクエストの準備をしながら、「ほうほう」と相槌を打った。
「まずよぉ、この素子ってのは面白ぇ存在なんだわ。完全義体っつーサイボーグの体ぃ持ってて、『ゴースト』とかいう意識も持ってんだ」
画面では巨大なモンスターが吠えていた。僕はコントローラーを握りしめながら、「そりゃまたどっこい」と返した。
「ほれ、素子は義体っつー物理的な体持ちながら、電脳空間に『ダイブ』しちまうだろ?」
「それはそれは」と言いながら、僕はモンスターの尻尾を切断した。
「素子はなぁ、『オレ』っつー固定した中心がねぇことを受け入れてんだよ。常に変わってく流動的なアイデンティティってやつだ」
「ふむふむ、それで?」僕はアイテムポーチから回復薬を探していた。
「特におもしれぇのは、素子が『人形使い』っつー別の存在と一緒になった時だ。これはただの情報共有じゃねぇ」
「なるほどねぇ」僕は特に意味も込めずに言った。
「素子は9課って組織にいながらも、時々ルール破るだろ?これってよ、サルトルみてぇな実存主義者なんだよ」
「それはまた深いな」と言いながら、僕はモンスターの頭部に大剣を叩き込んだ。
「だからよ、素子の考え方は『超越論的実存主義』みてぇなもんだ」
「へぇー」
「ちくしょう、めんくせぇこと考えてたら酒がぬるくなっちまったぜ!もう一杯やるか!かんぱーい!」
僕はコントローラーから手を離してヘッドホンのマイクに
「かんぱーい」
と相槌を打つと、手元のカルピスをグビグビ飲んだ。
いい夜である[照れる]



決壊を追憶
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