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ザムザが虫になったということの解釈。
悪夢のような<現実>の割には即物的な筆致でたんたんと描かれる『変身』。
目覚めれば健全な青年だったザムザが世にも恐ろしい「毒虫」になっている場面から物語は始まる。まずここで多くの人が疑問に思ったであろうザムザの冷静な態度について。
作中では、ザムザだけではなく、家族も特にこの異常性に触れない。最も本質的な事件である「虫になってしまった」ということを全員が無視・回避するかのように物語が進んでいく。
カフカは実存主義文学の先駆者であった。人間存在の不条理を、異常な事件にからませて写実的文体で描いた作品が特徴的なカフカ。とりわけ「不条理」というものを描き続けた作品の中で、カフカの代表作である『変身』もそれは例外ではないのである。つまり、ここで取り上げるべきは「不条理」である。
不条理文学として著名であるアルベール・カミュの『ペスト』についても、ある日突然病理が襲い、多くの人民が亡くなり、周囲から排除されていく不条理さを描いている。『変身』は個人に対しての不条理、『ペスト』は集団への不条理を描いており、目の前の現実を受け止めながら生きていく実存主義の哲学を踏襲しているとされている。
ザムザは社会にも人間にも不信感を持っていた。家族の為に働いてはいたが、人間社会には絶望していたのだ。ザムザは虫になった時、絶望よりも先立って見つけたものがあった。人間社会から縁を切り、新たな自由を手にしたことである。だからこそ、一口に不自由な虫とは言えず、自由な虫でもあったのである。
カフカはここに人間の不条理な自由を見出した。人間社会で受け入れられない形(ここでは虫)になったとはいえ、その事実に苦しむザムザを描かなかった。 常に不条理な社会を感じていたカフカだからこそ、冷静な構成にしたのだろう。
それでも家族にとっては、頼りにしていた好青年のザムザからただの厄介者になる。そして彼らの自由は制限される。今まで家族の為、親の借金の為、愛する妹の為、唯一の働き手として頑張ってきたザムザに対して 「厄介者」という烙印を押し付けて最後には排除してしまおうとする人間らしい、身勝手な部分。ある人に完璧な自由はなく、すべての人に公平な自由を与えられてはいない世界。我々にも身に覚えはないだろうか。

倫
高校の頃、世界史が好きで、その流れで辿り着いて、そこから実存主義文学を読むようになり、その後も文学やら哲学やらを読むようになりました
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