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ミチフミ龍之介
#ランボー詩集 #中原中也訳
孤児等のお年玉
※
あゝ! 楽しかつたことであつた、何べん思ひ出されることか……
──変り果てたる此の家(や)の有様(さま)よ!
太い薪は炉格(シユミネ)の中で、かつかかつかと燃えてゐたつけ。
家中明るい灯火は明り、
それは洩れ出て外まで明るく、
机や椅子につやつやひかり、
鍵のしてない大きな戸棚、鍵のしてない黒い戸棚を
子供はたびたび眺めたことです、
鍵がないとはほんとに不思議! そこで子供は夢みるので
した、
戸棚の中の神秘の数々、
聞こえるやうです、鍵穴からは、
遠いい幽かな嬉しい囁き……
──両親の部屋は今日ではひつそり!
ドアの下から光も漏れぬ。
両親はゐぬ、家よ、鍵よ、
接唇(ベーゼ)も言葉も呉れないまゝで、去(い)つてしまつた!
なんとつまらぬ今年の正月!
ジツと案じてゐるうち涙は、
青い大きい目に浮かみます、
彼等呟く、『何時母さんは帰つて来(くる)ンだい?』


ミチフミ龍之介
#ランボー詩集 #中原中也訳
最初の聖体拝受(4)
Ⅴ
夜中目覚めて、窓はいやに白つぽかつた
灯火(あかり)をうけたカーテンの青い睡気のその前に。
日曜日のあどけなさの幻影が彼女を捉へる
今の今迄真紅(まつか)な夢を見てゐたつけが、彼女は鼻血を出しました。
身の潔白を心に感じ身のか弱さを心に感じ
神様の温情(みなさけ)をこころゆくまで味ははうとて、
心臓が、激昂(たかぶ)つたりまた鎮まつたりする、夜を彼女は望んでゐました。
そのやさしい空の色をば心に想ひみながらも、
夜、触知しがたい聖なる母は、すべての若気を
灰色の沈黙(しじま)に浸してしまひます、
彼女は心が血を流し、声も立て得ぬ憤激が
捌け口見付ける強烈な夜を望んでゐたのです。
扨夜は、彼女を犠牲(にへ)としまた配偶となし、
その星は、燭火手(あかり)に持ち、見てました、
白い幽霊とも見える仕事着が干されてあつた中庭に
彼女が下り立ち、黒い妖怪(おばけ)の屋根々々を取払ふのを。
Ⅵ
彼女は彼女の聖い夜をば厠の中で過ごしました。
燭火(あかり)の所、屋根の穴とも云ひつべき所に向けて、
白い気体は流れてゐました、青銅色の果(み)をつけた野葡萄の木は
隣家(となり)の中庭(には)のこつちをばこつそり通り抜けるのでした。
天窗は、ほのぼの明る火影(あかり)の核心
窓々の、硝子に空がひつそりと鍍金してゐる中庭の中
敷石は、アルカリ水の匂ひして黒い睡気で一杯の壁の影をば甘んじて受けてゐるのでありました……
つづく…。

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