正解はきっと無くて、関わりながら丁度いい自分のポジションを見つけていくしかないと思う。ただ「出来ることがわからんけん言って教えて欲しい」って言ってる人が頼られる事はないよね。仕事と同じで。考えながら出来ることをやってる人にしか、「ありがとう」も「こういう時はこうして欲しい」も言われんのんやないかな。「何で私には言ってくれないんだろう?」「何したら良いか?何が出来るか?わかんないんだよね…」「妹が精神的に落ち込んでてお母さんはお母さんのお姉さん家族が病気で色々悩んでるみたいなんよね…」そう、相談してくれた子に私がかけた言葉だけど言ったことに後悔は無いんだけどもしかしたら言わない選択もアリだったのかなぁなんて夕方からずっと考えてたりする。もしかしたら、聞いて欲しかっただけだったかもしれない。元職の名残りで、本当にどうして行こうか考えてるんだったらマジでガチの相談に乗るんだけど彼女が現状と向き合いたいのか?一旦吐露だけして今はまだ静観してたいのかよくわからなかった。だから、私が思う事をそのまま伝えたんだけどそのだいぶ手前の段階だったのかも…ってふと思ってしまった。#とはいえ後の祭り#思ってることを言わないことは出来ても思ってもないことは絶対口に出来ない#こういう時自分の中のドライさを再認識する#身内の病気は家族もマジで大変なんです自分自身が主介護者・主看病者にならなきゃいけない状況ってわけじゃない時に静観してても良いと思うんですよ。我関せずですら良いと思うんですよ。鬱陶しいと言われるほど関わっても良いと思うんですよ。自分が関わりやすいようにコレはやる・コレは福祉を頼るっていうやり方も良いと思うんですよ。何でも良いと思う。そして、何を選んでも外野から色んなことを言われるんです。死んだら、どちらにせよ後悔だってするんです。何を選んでも、腹括って起こること全て受け止めるなら、関わろうと関わらなかろうとどっちでも良いと思うんです。ここに無自覚な人は何かあった時に「言ってくれないから」「こんなにやってるのに」って無自覚に【人のせい】にするんですよ。全ては自分次第。とはいえ聞いて欲しかっただけやったんかなー…悩んでるとこに厳しかったかな