『Sonny Boy』賛否が別れるやろなって思うけど俺は好きやった。言語化も理解も難しい内容やった。理由も分からんまま好きやなって思った。好感の言語化・分類化って意味を成さん事を久々に実感した作品やった。なんせ、多分今まで好きな作品には理由がちゃんと話せるだけの要素(共通点)があったけどどれにも当てはまらんし、どうにか少ない語彙から言語化して分類するなら「意味不明」ってジャンルで、なんなら、それを自分は嫌いなんやと決めつけてた。でも、所詮は詭弁でどうにか輪郭の無いこのモヤモヤとしたものに無理矢理形を与えて自分を納得させて安心させる為に言語化・分類化をツールとして使ってるんやなって事を思い知った。もう1つ、これを書いてる時に気付いたのは、理解も理由も分からんけど作中のキャラクターに共感は出来たと思う。いや、共感したように感じた。共感という言葉自体軽々しく断言出来るものでは無いと思うのでここでは勘違いが前提ではあるんやけど、多分自分は1番に意味を求めてる様で実は無意識的に共感を求めてたんやなと思った。そして、この言語化出来ないモヤモヤは子供の頃大人達の難しい話や理解できん話を聞いた時の感じと類似してて、どことなく懐かしさと寂しさを感じた作品でした。#SonnyBoy#考察求む