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五首目
『奥山に もみぢ踏み分け 鳴く鹿の
声聞くときぞ 秋は悲しき』
猿丸大夫(さるまるだゆう) : 生没年不詳、奈良時代、男性

現 : 人里離れた山奥で、牝鹿を求めて鳴く牡鹿の声を聞くと、より秋の物悲しさを感じるよ
決まり字 : おく

古語や文法を知らなくてもストレートに情景が浮かぶ一句です。
秋は葉が枯れ、肌寒くもなり、どことなく淋しい感じがします。
そんな山奥で求愛する鹿の鳴き声を聞いて、益々淋しくなってしまった…という内容です。
実に叙情的ですね✨

猿丸大夫は小倉百人一首の詠み手の中でも、頭一つ抜けた謎の人物で、その存在すら現在まで明らかになっていません🤔
兵庫県芦屋の猿丸神社はじめ、熊本や高知にも猿丸の墓があります。
そして三十六歌仙に選出されてます😳
ドユコト。

この句自体も実は『詠み人しらず』とされていて、作者は現在でも不明です。
元は古今和歌集に収録されていたこの句は、藤原公任(ふじわらのきんとう)の『三十六人撰』で猿丸大夫作とされ代表歌となりました。

つまり、句自体が誰が作ったかわからない+猿丸大夫が実在するかわからない、という出典厨号泣の作品なわけです😂
調べんの時間かかるよそりゃ!笑
ヽ(`Д´)ノプンプン

ちなみに花札の10月の札に『紅葉と鹿』が描かれていますが、この歌が由来になってますよ〜🎶

#小倉百人一首


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8首目
『わが庵(いお)は 都のたつみ しかぞ住む
世をうぢ山と 人はいふなり』
喜撰法師(きせんほうし) : 平安時代、僧侶、男性

現 : わたしの住処は都の東南にあって心静かに住んでいるのに、世間の人はこの世が嫌になって宇治山に逃れ住んでいると噂しているようだ
決まり字 : わがい

僧侶だった彼は京都の宇治山で出家生活を送っていました🏕
本人としては穏やかに静かに満足した生活を送っているつもりでしたが、世間の人は『あの人は都会が嫌になって山奥に住んでるんだ』と噂するので、自己評価と世間のイメージの違いをイタズラっぽく詠んだお茶目な歌です✨

『しかと』は『このように、心静かに』という意味で、山奥に共生する鹿も連想させます。
『たつみ』は十二支の辰と巳のことで、当時は方角を表していました。
鹿、龍、蛇と動物名を多用する芸も見せていますね😆
さらに『うぢ』で、『宇治』と辛いという意味の『憂し』を掛けています。
また、自己評価と世間評価を上の句と下の句で綺麗に対比させており、喜撰法師の遊び心とテクニックが垣間見えますね😁👍

わざわざ『ここが良くてあえて住んでるんだ!』という内容の句を歌ったことからも、若干の疎外感や意地も見えますよね😂
いつの時代も都会は疲れるのでしょう。
地方や自然の中へ移住したくなる現代人も、大きな共感を覚える歌なのではないでしょうか✨

田舎出身の僕も共感しかないです笑😂
都会出身の人からは『なにもない』と言われるような田舎ですが、何も無いけど必要なものは全部揃ってるんですよね。
はぁ〜、北海道帰りたい…🥺

#小倉百人一首
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三首目
『あしびきの 山鳥の尾の しだり尾の
ながながし夜を ひとりかも寝む(ん)』
柿本人麻呂(かきのもとのひとまろ) : 生没年不詳、奈良時代、男性

現 : 山鳥の長く垂れた尻尾のように、長い秋の夜をひとりで寝るのか😭
決まり字 : あし

生没年や詳しい来歴が不明になっている伝説的歌人です。
職業は宮廷歌人だったそうで、二首目の持統天皇にも遣えていたとか😳
繋がってるんですねぇ。

『あしびきの』は『山鳥』を導くための枕詞です。
枕詞というのは今後もよく出てきますが、なにかの単語を引き出すための前置きに当たる言葉なので特に気にしなくていいです。
『今でしょ』を引き出すための『いつやるの?』が枕詞です。
あれと同じであんなもんに意味なんかないです。

山鳥というのはキジによく似た鳥だとされていて、雄は地面まで垂れそうな長い尾が特徴で、夫婦で夜は峰を分けて別々に寝る習性があったそうです🐓

柿本人麻呂が仕事で家を離れる時、田舎に残してきた奥さんを思い出して咏んだ歌だそうです。
ただでさえ長い秋の夜をひとりぼっちで過ごすのは、山鳥の長い尾のようにより長く感じるよ。でも山鳥の夫婦のように、別々の場所で寝ても愛は変わらないよ。
という、奥さんにデレデレで会いたくてたまらない人麻呂くんの可愛さにキュンキュンしますね🥹
萌えポイント高いです💕

上の句に『の』を多用してリズムを作っています。声に出して読むとちょっと気持ち良い句で、全体の言葉遊びや完成度が秀逸です✨


林先生ごめんなさい。

#小倉百人一首
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6首目
『かささぎの 渡せる橋に おく霜の
白きを見れば 夜(よ)ぞふけにける』
中納言家持(ちゅうなごんやかもち) : 奈良時代(718?〜785)、貴族、男性

現 : かささぎの群れが連なって出来たと言われる橋、その橋に霜が降りているのを見ると、もう夜もふけてしまったのだなぁ
決まり字 : かさ

かささぎというのはカラス科の鳥のこと。
伝説では天の川に架かる橋はこのかささぎが連なって作っているとされており、これが織姫と彦星が七夕に再会する際に渡る橋です。

歌中において『橋』とあるが、これは宮中の階段のことで、詠まれた頃は宮中を天上界になぞらえることも多く、そもそも階段のことも『御階(みはし)』と呼んでいた。
『かささぎの 渡せる橋』という一文で、橋とハシを掛けるだけではなく、天の川の橋の伝説と宮中の階段(はし)の神聖さの両方を表現している、非常に秀逸な歌で技巧的です。

木の階段の表面に霜が降りてキラキラしている様子を詠んだ一句ですが、ここにもテクニックが😁
晴れた冬の夜ほど空気が冴えて、寒さが厳しい夜はありません。
霜がきらきらしている様子で厳しい冬の空に散らばる星や天の川を連想させ、対比させることで白く輝く階段自体を神格化させることにも成功している表現です。


関東じゃ霜もダイヤモンドダストもパウダースノーも一切見ないんだよな
(・д・)チッ
今年も滑れなかったーー😭
またスキーイントラやりたいなぁ…(遠い目)

#小倉百人一首
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申し訳ありませんが、タグを付け忘れたので再投稿

二首目
『春すぎて 夏来にけらし 白妙(しろたえ)の
衣ほすてふ(ちょう) 天の香具山(かぐやま)』
持統天皇(645〜702) : 飛鳥時代、女性

現 : 春が過ぎて、夏が来てしまったらしい。
天の香具山に真っ白な衣が干されているよ。
決まり字 : はるす

香久山は奈良県橿原市にある山で、天界から降ってきた山という伝説があります✨
日本神話の天の岩戸伝説の地でもあり、最も神聖とされていました。

現代の5月1日に行われる『衣替え』は、当時冬服と夏服を交換するタイミングの公的行事でした。
そして衣替えの時期になると真っ白で大きな布や衣を外に干すのが風習だったそうです🏳
そのため、持統天皇は白い布が香久山のあちこちの集落で干されているのを見て『夏が来たらしい』と感じたのですね☀

持統天皇は一首目の天智天皇の娘で、自分の叔父さんと結婚しのちに女帝になります🤭
行事が暦通りに行えるということは、安定して平穏な政治が出来ているということです。
つまり、暦通りに衣替えの風景が見られるこの一首も、持統天皇が父に続き良き為政者であったことを表していますね🎶

ちなみに衣ほすてふの『てふ』は、『と言う』の意味でふ

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1首目
『秋の田の かりほの庵(いお)の 苫をあらみ わが衣手は 露にぬれつつ』
天智天皇(626〜671) : 飛鳥時代、男性

現 : 秋の田にある仮庵の屋根の網目が粗いので、衣の袖が夜露に濡れてしまうよ
決まり字 : あきの

秋は収穫の時期。
農民はその時期になると田んぼの近くに仮の小屋を建てて、鳥獣対策や寝泊まりでの収穫をしていた。
その屋根の隙間が粗いので雨漏りによって濡れてしまう様子が描かれています。
造りが雑な小屋で寝泊まりする農民を気遣った一句ですね。
仮の小屋の仮庵(かりいお)と、収穫した米の刈穂(かりほ)が掛詞になってます。

天智天皇は中大兄皇子という名前で習った人も多いと思います。
天皇が農民の歌?って不思議に思いますが、彼は着るものも質素で、大化の改新により天皇中心の国づくりを進め口分田と班田収授法を定め、農民からは理想の天皇だと慕われたようです。
庶民的で平民に近い目線を持った天皇だったんですね😁

弟の恋人である額田王(ぬかたのおおきみ)を強引に寝取る略奪愛なんかもしちゃってる、非常に人間くさい面白いキャラの天皇でもあります😍

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四首目
『田子の浦に うちいでてて見れば 白妙の
富士の高嶺に 雪はふりつつ』
山部赤人 : 生没年不詳、奈良時代、男性

現 : 田子の浦の眺めの良い場所に出てみると、富士山の山頂に白い雪が降り積もっているよ
決まり字 : たご

田子の浦というのは静岡県静岡市の海岸のこと。
2首目の『はるす』と同様に、白妙という言葉が使われているが、富士に積もった雪が真っ白な衣を纏っているように見えたのでしょうね🏔
冬の厳しい寒さと荘厳な富士山、冷たい澄んだ空気と空が想像出来ますね✨

山部赤人(やまべのあかひと)は三十六歌仙のひとりで、どのような人物だったのかはよくわかっていません。
3首目作者の柿本人麻呂と並んで『歌聖』と呼ばれていました。
すごい人なんでしょーねー、知らんけど。

富士山というのは古来より和歌の題材として使われてきました。
一説によると、兵士や修行僧が薬を焼く儀式のために登った山なので士(つわもの)に富む(多い)山として富士山と名付けられたとされます。

調合していた薬が不死の薬と言われているため、不死の山→富士山となったとも言われています🗻

へぇへぇへぇへぇへぇへぇへぇへぇへぇへぇへぇへぇへぇ🔴ヘ(゚∀゚ヘ)
👓「克実さんの頭頂部も山頂のように光っております✨それでは確認のVTRでぇす、どぞ🤚」

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実はぴよん近江神宮行ってきてたりするんだよね
すごくすごかった
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