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脱落身心

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アンコール放送でNHK Eテレ『サイエンスZERO』の「進化と生命の不思議に迫る!生き物たちの華麗なる“逃げ技”」を視聴。

生き物の世界は、喰う側も喰われる側も必死だ。
もし喰われてしまえば、その個体の子孫を残せない可能性もでてくる。
そのため、「捕食回避行動」としての“逃げ技”が必要となる。

“逃げ技”の重要性にハッとさせられた。
生き残るための手段は、“闘って勝つ”ことだけではない。
生き物は、上手く“逃げ”て、場合には「死んだふり」までして種を存続させているのである。
“逃げ”も大事なのだ。

なお、番組内容とは関係ないが、熊に襲われた場合、「死んだふり」をしてはならない。
熊には「死んだふり」は通用しないといわれている。
それどころか、「死んだふり」という無防備な状態で熊からの攻撃にさらされることにもなる。
もう最悪である。
熊から物理的に離れることが重要だ。

ところで、視聴中、「死んだふり」という言葉を耳にしてふと考えたことがある。
「死」の対概念はおそらくは「生」であろう。
ならば単純に考えて、「死んだふり」の反対は「生きたふり」ということになるはずだ。
そうか、「生きたふり」か。
ん⁈

「死んだふり」は、生者が「死者」を演じることだ。
生きているから「死んだふり」が可能なのである。
生者のみ「死んだふり」ができる。

ならば、「生きたふり」は?
「生きたふり」をするには、大前提として死んでいなければならない。
つまり、「生きたふり」ができるのは、「死者」だけである。

とすると、われわれ生者は、「死んだふり」はできるが、原理的に「生きたふり」はできない。
生者は、既に生きている以上、「生きた『ふり』」などできないのである。

ということは、「生きたふり」という言い回しは可能だが、「生きたふり」の実行は現実的には不可能。
もちろん、小説やマンガなどの空想世界(フィクション)でならばありうる。
が、もし現実世界で「生きたふり」をした何ものかがいるならば、それは実は「生者」ではなく「死者」なのである。
まあ、本当の生者との見分けはつかないかもしれないが。

あなたのそばには、「生きたふり」をした何ものかなんていませんよね?

#音楽をソッと置いておく人
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